Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作
理想の意味、剣の意志
四日目 第三部
襲撃T 〜assault〜
――――――俺は、生き永らえたのか……?
自分でも信じられぬまま身体を起こし、穿たれたはずの己が心臓を見下ろす。
胸元を中心に血で汚れた制服。だけど手を伸ばして恐る恐る傷口に触れてみれば、そこは何事も無かったかのように完全に癒合されていた。
心臓だけじゃない。
限界を超えた酷使に本来なら指先一つ動かすことさえ儘ならないはずの全身もまた、後遺症すら感じないほど治療されている。
正しくそれは奇蹟としか表現できない異常な回復だった。
――――――メディ……か?
真っ先に脳裏に思い浮かんだのは魔術師の英霊たる女性。
彼女程の存在ならばこれほどの神秘を行使することもあるいは可能かもしれない。
だが、その可能性は極めて低い。
何故なら彼女が治してくれたとして、俺をこの場に放置しておく理由がないからだ。
――――――なら、誰が?
残念ながら動機的にも能力的にも彼女以外に心当たりなんて無い。
記憶に無いものをこれ以上悩むのは、ただ無駄に時間を浪費することにしかならないだろう。
そう結論付けて思考を打ち切り、首を回して周囲の様子を見渡す。
眼に留まったのは木に寄り掛かりぐったりとしている美綴の姿。
慌てて立ち上がり、無事を確かめるべく一目散に彼女の元へと駆け寄る。
途中何か小さな物が地面に落ちる音が耳に届いたが、今は美綴の安否の確認が最優先事項。
その音を意識の隅に追いやり、彼女の身体に触れて簡単な検査を始める。
結果は、俺みたいに怪我を負った痕も無く、いまだ意識は戻らないものの脈・呼吸などにも特に異常は見つからなかった。
はあ、と安堵の溜息が零れる。
安心すると、次に気になるのは意識の片隅に留めたあの物音。
「確かこの辺だったよな……」
音の発信源と思しき場所に目星を付け、落下物が無いかを探し始める。
探し物は、ほんの十数秒で見つかった。
落ちていたのは、赤い宝石のペンダント。
人より夜目が利くとはいえこの暗闇の中だ。長時間探すことを覚悟していただけに拍子抜けしたと同時に、よくこんな小物を見つけられたものだと我が事ながら感心した。
ペンダントを拾い上げて、しげしげとそれを観察する。
「美綴の、じゃないよな……?」
持ち主候補の筆頭として挙がるのは彼女だが、自分で考えておきながらその確率はかなり低いと思っていた。
美綴には失礼だけど、彼女の性格と宝石とがどうにも合致しないのだ。
じゃあ誰が落としたかってことになるけど―――。
「……まあ、いいか」
どうせ些事だと割り切り、持ち主が見つかれば返せばいいだろうとペンダントをポケットに放り込む。
――――――さて、これからどうすべきか。
まずは気を失ったままの美綴を何処に運ぶかだが、残念ながら俺は彼女の家の住所を知らないためそこまで運ぶためには美綴が気付くのを待つしかない。
だが、それはマズイ。
思い出すのは青い男が最初に言った言葉。
『いけすかねえマスターの命令でな、目撃者はとりあえず消せって言われてんだ』
男の言葉の中に出てきたマスターという単語。そして時期と男の実力を考えればアレはおそらくサーヴァント。
槍を使っていたことから推測するとクラスはランサーだろうか。
ここで問題になるのは彼に与えられた目撃者消去の命令。
俺達が生きているとなると、再び襲撃を受ける危険性が高い。
ならば犠牲者を増やさない為にも、美綴を自宅や病院に届ける前に一旦俺の家に運んでメディ達と相談するのが無難なところだろう。
方針を決めた俺は美綴を抱え上げ、極力揺らさないよう意識しながら学校を出て、雲間から僅かに差し込む月明かりと街灯の光を頼りに歩き慣れた道を進んでいく。
「―――う、ぅ……ん」
交差点を抜け家へと続く坂道の中程、美綴は小さく呻いたかと思うと、ゆっくりとその瞼を開いた。
虚ろに開いた眼が次第に焦点を結ぶ。
「気が付いたか」
「え、みや……?」
「ああ」
「本当に……衛宮なのか?」
「ああ」
不安そうな美綴の問に、俺はただ頷きを返す。
「なんで……?」
心臓を貫かれた男が平然としていては、美綴が訝しがるのも無理はない。
「さあな。気付いた時には治療された後だったから、何があったのかなんて俺にもわからない。
正直、自分でもいまだにこうして生きてることが信じられないくらいだ」
「そっか……。でもアンタが無事でホント良かったよ」
「美綴こそ。ぐったりしてる美綴を見つけた時は本気で焦ったんだぞ。
傷は無かったし呼吸も脈も安定してたからすぐに大丈夫だとは判ったけどさ」
「そりゃあ悪かったね」
「いや、俺が単に心配し過ぎただけだ」
会話が途切れ、沈黙が流れる。
それからしばらく美綴は周囲の景色を眺めていたが、
「なあ衛宮、そろそろ降ろしてくれ。もう自分で歩けるからさ」
何があったのか急に顔を真っ赤にしたかと思うと、彼女は早口にそう捲くし立てた。
多少疑問に思いながらも言われた通り美綴を降ろす。
俺の腕から解放された途端、彼女は深呼吸を繰り返しはじめた。
徐々に美綴の顔から赤みが引いていく。
「大丈夫か? まだちょっと顔赤いけど」
「うっさい、少し黙れこの朴念仁!」
美綴は心配する俺を睨みながら物凄い剣幕でそう怒鳴る。
「いや……なんでさ?」
「……もういい、アンタに女心が理解できると少しでも思ったあたしが馬鹿だった」
頭を振りながら疲れたように項垂れ、美綴はさっさと歩き出してしまった。
「なんだよ、それ」
「もういいって言ってるだろ」
「そんなこと言われたら余計に気になるだろうが」
「…………恥ずかしかったんだよ」
少し躊躇して、ぽつりと、消え入りそうな声で美綴は予想外の言葉を零す。
「―――は?」
「そ、それよりさ、アンタ今何処に向かってるんだい?」
あからさまな話題転換だけど、これ以上突っ込まれるのを嫌がってるようだし、俺は大人しくそれに乗ることにした。
「俺の家」
「……なんで?」
「俺が知る限り、そこが一番安全だからだ」
「どういうこと?」
「俺達が生きてるってバレたら、もしかしたらあの男がまた殺しにくるかもしれない」
ぴくりと美綴の肩が震える。
不安がらせるようなことを言うのは申し訳ないと思うが、これは伝えないといけないことだから我慢してもらうしかない。
「幸い俺の家にはこういうことの専門家みたいな人がいるからさ。
いざとなったら逃げるくらいはなんとかなると思う」
それに、と心の中で付け加える。
青い男との戦闘の際、最後に投影を使って見せたので奴には俺が魔術師であることを知られている。
言い換えれば俺が魔術師であると、相手はそう認識してしまった。
あの場で使用した魔術が投影だけというのも、この場合はプラスに働く。
実際はそのくらいしかできないにしろ、俺のことを知らない相手は無用の警戒心を抱かざるを得ないのだから。
もし複数の魔術を使っていたならばそこから魔術特性を推測することも可能だが、単一、加えてたった一度きりの投影で見極められることなどたかが知れている。
そして相手のマスターも魔術師なんだから、碌に情報も無い魔術師の工房に攻め込むという行為がいかに危険を伴うかなんて十分に承知しているはずだ。
ならばハッタリであるにしろ牽制することくらいはできるだろうし、メディ程の魔術師なら工房を破られた時の逃走手段の一つや二つ、当然用意しているに違いない。
「なんとかなるって、本当に?」
「多分な。確証は無いけど、少なくとも他の場所に隠れるより安全なのは確か……」
「士郎!!」
突如として響いた大声に会話が中断される。
坂の上から届いたのは聞き慣れた女性の、初めて聞くような切羽詰まった声。
「美由ねえ?」
『神速』を使っているのかと錯覚するほどの速さでこちらに駆け寄ってきた美由ねえは、赤く染まった俺の胸元を見て顔を強張らせた。
「士郎、その血……」
「大丈夫だ。見た目はこんなんだけど、傷らしい傷は無いから安心してくれ」
「……何があったの?」
「学校で青い槍使いの男に襲われた。
多分だけどアレ、サーヴァントだ」
「……詳しいことはメディを交えて話した方がよさそうだね。その子は?」
「襲われた時に一緒にいた美綴ってやつだ。
名前くらい桜や藤ねえから聞いたことがあるだろ?」
「美綴さん、って弓道部の?」
「ああ」
美由ねえの確認に頷いたところで、くいっと軽く袖を引っ張られた。
「あのさ、誰、この人?」
俺だけに聞こえるように小声で訊ねてきた美綴に、それを鋭く拾い取った美由ねえが答える。
「はじめまして、だよね。
私は高町 美由希。八年前から士郎の家にお世話になってる居候だよ」
「あ、こちらこそはじめまして。衛宮の同級生の美綴 綾子です。
えっと、間桐たち、あたしのことどういう風に言ってました?」
「んー、頼りになるとか姉御肌とかそんな感じかな」
「……そうですか。やっぱりあたしってそんな印象なんですかね」
そう言って美綴はやや残念そうに溜息を吐く。
「そういえば、高町さんは……」
「美由希でいいよ」
「……美由希さんはどうしてここに?」
「どうしてって、私はただ士郎を探しに来ただけだよ。
こんなに早く見つかったのはちょっと予想外だったけど」
「俺を?」
「うん。一時間くらい前かな、メディが倒れたんだ」
「倒れた……?」
「それがさ、ほんの少し前に意識が戻ったんだけど、原因を訊いても士郎が帰ってきたらの一点張り。
それだけなら私も大人しく待ってたんだけど、メディ、回復したばかりなのに捜索に行くって言って聞かなくて。
だからメディには無理矢理留守番させて、その代わりに私が士郎の様子を見に行くことになったんだ」
「そうか……」
脳裏に浮かぶのは初めて出会った時の衰弱したメディの姿。
その不吉なイメージを振り払うには彼女の無事を確認するのが一番手っ取り早い。
そう思いペースを上げるよう提案し、俺達はやや早足に衛宮邸を目指す。
歩くこと数分、目的地に到着した。
門を潜り、玄関の戸を開く。
「ただいま。士郎、見つけてきたよ」
「ただいま。無事か、メディ!?」
「えーと、お邪魔します」
廊下の奥に向かって声を掛けながら乱暴に靴を脱ぎ捨てた俺は、人の気配のする居間の方へと一目散に走り出す。
「おかえりなさい。
……その様子だと、やはり襲われたようね」
居間に駆け込んだ俺を出迎えたメディの言葉に少々の違和感を覚えながらも頷きを返し、テーブルを挟んで向き合うように腰を降ろす。
美由ねえと美綴が入ってきたのはその数秒後。
両隣に彼女らが座るのを待ち、俺は引っ掛かった単語についてメディに訊ねた。
「さっきやはりって言ったけどさ、メディは俺が襲われるってことを予想してたのか?」
「何を言うかと思えば。そんなこと、できるわけがないでしょう」
不快気に眉を顰めてメディが答える。
「理由を話す前に、先にそこの少女を紹介してくれるかしら。
彼女、一般人では無くて?」
「ああ、そうだよ。一緒に襲われた同級生の美綴ってやつだ」
そう、と相槌を打ったメディは一瞬だけ美綴に眼を向けたが、すぐに俺に視線を戻して詰問を再開した。
「それで、どうしてその一般人の美綴さんをわざわざこの家にまで連れて来る必要があったのか、勿論説明してくれるんでしょうね?」
「単純な理由だよ。また襲われる可能性を否定できない以上、何も知らずにそのまま帰すよりは少しくらい事情を知ってもらった方が安全だと思ってさ」
「……なるほどね。彼女に与えた『こちら』の情報は?」
「まだ何も。これから説明するつもりだから、フォロー頼んでもいいか?」
「仕方ないわね……。
貴方という人は余計な苦労ばかり背負い込んで、まったく……」
話を円滑に進める為に必要なことだと判断したのかしぶしぶといった様子で了承したメディに小さく感謝の言葉を返し、俺は落ち着かなさそうに視線を彷徨わせている美綴に話し掛けた。
「美綴、これから話す内容は他言無用で頼む」
こくんと、美綴が小さく頷く。
最初の問題は、彼女に一般人ならばそれこそ一生知ることのない現実を受け入れてもらうことだ。
荒唐無稽に感じるかもしれないし、俺の正気が疑われるかもしれない。
それでも、美綴の前で今後の対策を練る以上、事情について彼女にもある程度は把握しておいてもらう必要があるのも確か。
頭の中で話の順序を整理して、喋り始める。
「この世界には、魔術って呼ばれる非現実的なモノが実在する。
そして、俺はその魔術を行使する者、魔術師と呼ばれる人種だ」
「……魔術師っていうと、杖とか持って呪文唱えたり箒で空飛んだりするアレか?」
「まあ別に魔術を使うのに必ずしも杖が必要ってわけでもないんだが……」
「で、あたしにそれを信じろって?」
「逆に訊くけど、そうだと言って、お前は信じられるのか?」
「……ごめん、無理だわ」
「だろ。だから、今からここで魔術を使ってみせる。
信じるか信じないかはそれを見て判断してくれ
――――――
投影
開始
」
そう易々と信じてもらえないことは予想済み。
百聞は一見に如かず、この手の空想と認識されている話は目に見える形で明確な証拠を示さなければ説得力を得ることは難しい。
撃鉄を落とし、小太刀のイメージを編み上げる。
一瞬にして手に現れる、イメージと寸分違わぬ小太刀。
美綴の息の呑む音が、やけにはっきりと聞こえた。
「手品ってわけじゃ……ないんだよな?」
「ああ、タネも仕掛けも無いぞ。そもそも仕込む時間もメリットもこっちには無いわけだしな」
「かもしれないけどさ、なんかイメージと違うというか。
だってほら、魔術師の武器っていえばやっぱり剣よか杖だろ?」
「そんな美綴的イメージで語られても困るんだが……」
ゲームのやりすぎだ、とでも突っ込むべきか。
とはいえ俺だって何も知らなければきっと似たような魔術師像をイメージしていただろう。
「けどまあ、何も無いところからアンタが剣を出したのは覆しようもない事実なんだ。
それにアンタが嘘を吐ける程器用な人間じゃないってことはあたしだって承知してる。
だからさ、信じるよ。衛宮の話」
「やけにあっさりとしてるな」
「悪いかい?」
「いや、助かる。もうちょっと時間が掛かるかと思ってただけに拍子抜けした感はあるけどな。
じゃあ次はこの街で起こってることとあの青い男のことだ。
と言っても俺自身もちゃんと理解してるわけじゃないから、俺の分かる範囲で説明させてもらう。
この街では今、聖杯戦争と呼ばれる七人の魔術師と七体のサーヴァントによる戦いが行われている」
「戦争とはまた物騒だね。それに聖杯とサーヴァントって何?」
「聖杯ってのは何でも願いが叶う代物、サーヴァントっていうのは過去の英雄の霊を召喚した存在……で、いいんだよな?」
自分の説明に段々と自信が無くなってきたのでメディにヘルプを求める。
「概ねそれで正解よ。
付け加えるとすれば、その英雄の特性に応じたクラスという枠に押し留めることで英霊召喚という奇蹟を可能にしていること。
英霊が召喚され、格下の存在である魔術師がそれを従えられるという事実がこの地の聖杯が本物だと証明していること等だけど、まあそこまでは説明する必要はないわよね」
「ああ、合ってることさえ確認できればそれでいいんだ」
余分な情報は美綴を混乱させるだけ、ならば今は最小限の知識だけを知ってもらえればいい。
「霊ってさ、ひょっとして幽霊のこと?」
訊ねる美綴の声は心なしか震えていて、その顔色も若干青い。
まあ女の子なんだからこういう話が苦手でも特に驚きはしないが。
しかし知らなかったこととはいえ、英霊本人の前でその発言はマズイ。
「いくらなんでも幽霊ごときと同一視して欲しくはないわね」
「え? え?」
若干苛立ちの混ざったメディの言葉に、美綴は戸惑ったように俺とメディを交互に見る。
「……そういえば自己紹介がまだだったわね。
私は魔術師のサーヴァント、キャスターよ」
「――――――え?」
「信じられないようなら、証拠を見せてあげましょうか?」
唖然とする美綴の目の前で、口元を吊り上げたメディの姿が霞んでいく。
リアルホラーな光景を目の当たりにした美綴は悲鳴を上げようとして――――――
――――――カラン、カラン。
それより早く、侵入者を知らせる結界の音が居間に大きく鳴り響いた。
電気が落ち、家の外に強大な殺気が迫っているのを感じる。
「メディ、結界はどうなってる!?」
「どうやら自前の対魔力に物を言わせて強引に突破する気のようね。
稼げる時間はあと三十秒前後、その間に迎撃の準備を整えてちょうだい」
メディは私服からはじめて会った時のローブ姿に変わり、美由ねえはメディの言葉を聞き終わると同時に自室へと装備を取りに戻った。
俺達の雰囲気が変わったことを感じとってか美綴は悲鳴を飲み込み大人しくしている。
「俺も武器を取ってくる。それまでの間、美綴を頼む」
返事を聞かずに部屋に走る。
部屋の往復に五秒、装備を揃えるのに三秒。
合計八秒で用意したのは親父の遺品の黒いコートと小太刀を四本。
居間には既に美由ねえも戻っていて、完全に戦闘態勢を整えていた。
「士郎、敵の特徴と実力は?」
「紅い槍が得物だったから、クラスは多分ランサーだと思う。
強さに関してだけど、アレはもう桁違いと言うしかない。
俺が『神速』二段掛けでようやく打ち合える速さだ」
「そう……槍使い相手なら室内戦に持ち込みたいところだけど、そのレベルが相手じゃメディと美綴さんを護りながら戦うのは厳しいね。
庭に出よう。私が前衛、メディが後衛、士郎は二人を護りながら、チャンスがあればサポートをお願い」
「任された」
「了解よ」
庭に出た俺達はメディの提案で土蔵に向かい、扉の前に美綴が、その前に俺とメディが並び、そして数メートル離れた場所で美由ねえが右手に小太刀を構えて敵襲を待つ。
美綴は事の成り行きについていけてないようだが、それでも危険というのは理解しているらしい。
普通なら恐慌状態に陥ってもおかしくないこの状況下で素直に指示に従って動いてくれたのは非常に助かった。
「気休め程度にしかならないでしょうけれど、全身強化を掛けておくわ」
「助かる」
「ありがと」
「礼は生き延びてからしてちょうだい。
――――――来るわよ!」
一瞬にして魔術が編まれたかと思うと、次の瞬間にメディは大声で警告を発した。
硝子の割れるような音と共に地面に降り立つ青い男、ランサー。
ランサーが体勢を立て直す前にと、美由ねえは『神速』を使って一気に間合いを詰める。
「やああああああ!!」
「――――――くっ!?」
横薙ぎに払われた槍の一撃を身を屈めて回避し、そのまま二本目の小太刀を抜き――――――
――――――御神流 奥義之五 『花菱』――――――
目にも止まらぬ高速の連続斬撃が放たれた。
「舐めるな!!」
ランサーの槍が霞む。
弾いて、防いで、捌いて、躱して。
ランサーの身体に傷は増えてはいくが、どれも致命傷には程遠い。
だが奴は防戦一方、一見すれば美由ねえが優勢に思える。
だというのに目も前の槍使いは――――――
――――――これ以上ないってくらい楽しそうに笑っていやがった。
「ははっ、やりやが、る!!」
一際高い金属音が響いたかと思えばランサーは規格外の敏捷性で後ろに跳躍し、大きく距離を引き離した。
深追いは危険と見てか美由ねえはその場に留まり小太刀を構え直す。
「結界を無理矢理ブチ抜いたせいで万全とは程遠い状態だが、それでも人間相手なら一撃で仕留める自信があったんだがな。
不意を突かれたとはいえ、ここまでやる奴がこの時代にいるなんて思わなかったぜ。
しかもそれがなかなかに良い女ときたもんだ」
嬉しそうにランサーは話すが、放つ殺気は微塵も衰えない。
美由ねえの動向に意識を配りながら、奴の獣のような鋭い視線がこちらを射抜く。
その眼が一点、メディを捉えた瞬間に大きく見開かれた。
「サーヴァント……だと!?」
驚愕の為か、ほんの一瞬、美由ねえに向けていた注意が逸れる。
その僅かな隙を美由ねえが見逃すはずもなく、彼女は躊躇い無く走り出した。
迫る美由ねえに気付いたランサーは舌打ちを一つ、迎撃しようとして。
「―――Ατλασ―――」
メディの『圧迫』の魔術にそれを妨げられた。
ランサーの周囲の空気が歪み、ゼラチン状の膜で外界と断絶される。
そしてその空間の中は、地面が陥没するほどのとんでもない重圧で縛られていた。
メディの結界を破れるほどの対魔力を有するはずのランサーを捕えるその魔術は、どう見ても大魔術に分類される強力なものだ。
そんな魔術を触媒も無く一小節で発動させるとは、魔術師の英霊の面目躍如と言ったところか。
動きを封じられたランサーに、美由ねえは容赦無く御神流の中でも最大威力を誇る奥義を叩き込む。
美由ねえの小太刀が膜に触れる寸前、メディが術を解除し――――――
「やべぇっ――――――」
「せやあ!!」
――――――御神流 奥義之四 『雷徹』――――――
「――――――ぐ、ぁ……」
当たる間際、強引に身体を捻ることでランサーはギリギリ急所を外したが、流石に無事というわけにはいかなかった。
『雷徹』は二本の小太刀で二重の『徹』を放つ技だ。
故に攻撃が当たりさえすればその衝撃は二乗となり、ほぼダイレクトに全身の骨や内臓に響く。
それを身体にまともに食らったんだから……。
「こいつぁ、効いたぜ……」
「嘘……だろ……」
本来なら戦闘不能、人間であれば下手すれば死にかねない威力があったというのに、この男は僅かに顔を顰めただけで槍を構え直して戦闘続行の意思を示した。
「本気で殺す気で撃ったんだけど……ちょっと自信喪失かも」
「いやいや、誇っていいぜ。
人の身でありながらこの俺にダメージを負わせるなんざ、普通は有り得ねえことなんだからよ。
それにサーヴァントとの連携も悪くない。
後始末のつもりで来たが、こいつはとんだ拾い物だ」
「……後始末って、士郎のこと?」
陽気に話す男に確認するように、低い声で美由ねえは訊ねる。
「アンタの言ってる奴がそこにいる坊主を指してんなら、その通りだ。
まさか同じ人間を一日に二度殺すことになるなんて思わなかったぜ」
「二度?」
「坊主から聞いてないのか?
そいつの心臓、俺の槍で一回破壊されてんだよ。
真名解放した時よりは呪詛は薄いだろうが、それでも修復して蘇生させるにはかなり高い代償が必要になるはずなんだが……あの嬢ちゃんのこと、少し見誤ったかね」
「そう……。誰かが助けてくれなかったら、士郎は死んでたんだ」
嬢ちゃんが誰かを訊ねようとした俺の耳に、美由ねえの呟きが届く。
美由ねえは俯きながら、己を責めるように小太刀を強く握り締めていた。
「なんて、無様。
護るって決めたはずなのに。そう誓ったはずなのに。
いざって時に、私は何をやってたんだろう?
こんなんじゃ切嗣さんにも恭ちゃんにも会わせる顔が無い」
息を呑む。
顔を上げた美由ねえの瞳は、ただ静かに怒りと殺意を湛えていた。
「だから、せめてもの贖罪として士郎を殺した貴方はここで消す。
護るものを背負った御神の二刀に敗北の二文字が存在しないこと、その身にしかと教えてあげるよ」
「ほざけっ!!」
美由ねえの啖呵にランサーは叫び、疾駆する。
突き出された槍の穂先を美由ねえは容易く払うが、即座に二撃、三撃が放たれ、間合いを詰めることができない。
そして突きの嵐は限界など遥か先にあるかのごとく加速していく。
「ほらほらどうした! 大口叩いておいてその程度か!!」
「こ、のぉ!!」
槍の間合いから逃れて仕切り直そうにも、奴の速さがそれを許さない。
美由ねえを援護するべくメディは骨で出来たゴーレムを約二十体作り出し、ランサーに向けて突撃させる。
俺も飛針を投擲しようとするが、中るイメージが相変わらず見えない。
下手に外して美由ねえの邪魔をするわけにもいかず、今はひとまず傍観せざるをえなかった。
「チッ、邪魔だ!!」
迫るゴーレム群を男は一秒と経たず粉砕、その間に縮めた間合いもすぐに押し戻される。
打ち合い始めてから美由ねえは長時間『神速』状態を維持しているため、体力の消耗はランサーとは比べられない程激しい。
速さを武器にする美由ねえにとって、自身を上回る速度を持ち、得物のリーチに圧倒的な差のあるランサーのような相手は天敵に近いのだ。
相性の悪い相手にあの粘りは流石だと思うけど、あのままだと『神速』が切れた途端に蜂の巣にされてしまう。
なら俺も戦闘に参加すべきかとも思ったが、あのレベルの戦いに俺が介入したところで足を引っ張るのが関の山だ。
メディを見れば、俺と同じことを考えているのか苦虫を噛み潰したような顔をしている。
『閃』を使えば状況を覆せる可能性はあるかもしれないが、どういう訳か美由ねえにそれを、いや、『閃』以外の奥義すら使う気はないように見えた。
抜刀系の奥義は鞘に戻す余裕も無いわけだから仕方ないが、『雷徹』や『花菱』も最初の攻勢の一度しか使っていない。
「このままじゃ美由ねえが……何か手はないか、メディ?」
「あの男の対魔力を突破できる威力の魔術を使えば、あの距離では最悪美由希まで巻き込んでしまうわ。
かといって相手が速度で勝る以上、戦線離脱はほぼ不可能。
ねえ、美由希はあとどれくらい耐えられそうかしら?」
「……今の状態が続くなら、甘く見積もって最長で二分ってとこだ」
「そう……それだけあれば十分よ」
「あるのか、手が!?」
「博打ではあるけれどね。
私は今からサーヴァントを喚び出すために土蔵に向かうわ」
「出来るのか、そんなこと?」
「わからないわ。でも、やるしかないでしょう?
触媒無しの召喚では何を喚び出すことになるか予測できないけど、それでもサーヴァントである以上はある程度の戦闘能力は持っているはずですもの。
ただ、もし成功したとしてもそのサーヴァントが友好的である保障は何処にも無いのが問題ね。
儀式で大量に魔力を消費した私では襲い掛かってこられると令呪を発動させる前に消される可能性が高いわ。
だから士郎、その時は一秒でいいから時間稼ぎをお願いするわね」
「了解、一応美綴も中に入れるぞ。一人放っておくわけにもいかないし」
「好きになさい」
「というわけだ、土蔵に入るぞ。美綴」
「う、うん」
言い終わるや否や土蔵に向けてメディは駆け出し、俺と美綴がその後に続く。
そして土蔵の中央に着くと、彼女は床に手を当て詠唱を開始した。
「――――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」
詠唱が終ると同時、眩い光が土蔵から溢れ出す。
光が消えた時――――――
――――――そこには、紅い騎士が悠然と佇んでいた。
応援してくれる方 ぽちっと↓
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八月三日の誕生日を翌日に控えて、なんとか完成。
とりあえず赤い御方を召喚させてみました。
美綴の戦闘場面でも空気具合が自分で書いてて悲しくなってきた。
そのうちどこかで見せ場を作れればと思います。
さて、今回のアンケートですが。
アーチャ―は原作のままか凛ルートエンドアフター的な存在にするのかどちらのほうがいいでしょうか。
一応自分の中の比率では6:4で前者なんですが。
その他誤字脱字、素直な感想等、お待ちしております。