Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作
理想の意味、剣の意志
三日目 第三部
些細な違和感 〜Daily U〜
部活動に参加するには遅く登校するには少々早い微妙な時間に家を出たからか、通学路には普段以上に人気が無い。
けれどその朝の静けさも学園が近付くにつれて徐々に大きくなる運動部の朝練の声に騒々しさに取って代わられる。
いつものように校門を潜った俺は、そこでピタリと足を止めた。
「……気のせい、か?」
違和感。
空気が粘ついてるかのような妙な感覚が全身を包み込む。
錯覚だと割り切るにはあまりに強いその違和感。
だというのに誰一人、それを気にする人間はいない。
走り込む生徒達もベンチで談笑している生徒達も、普段と別段変わりは無い。
そのいつも通りの光景が今の俺にはあまりにも不気味に感じられた。
ふと、今朝のメディの言葉を思い出す。
――――――まさかっ!?
違和感の正体を確かめるべく、目立たぬようにグラウンドの隅に寄り、特に違和感の強い校舎に意識を集中させる。
ゆっくりと息を吐いて、眼を閉じる。
――――――瞬間、校舎の雰囲気が一変した。
真新しい校舎の姿が異常な程に澱んでいるのが感じられる。
こんな真似が出来る最有力候補は魔術師。
そしてこの時期に仕掛けるような魔術師は聖杯戦争の参加者以外考え難い。
学校に潜むマスターの存在。
杞憂だと思い込んでいたその可能性が俄かに信憑性を帯びてきた。
「―――くそっ!」
顔を顰め、思わず毒づく。
原因がどこにあって何が目的で起こした行動なのかも判らないが、唯一つ確かなことはそのマスターは一般人を巻き込むことに何の躊躇も感じないタイプの魔術師だという事実。
そして気付いたところで半人前未満の魔術師の俺じゃ対処の仕方が判らないということ。
それらの事実が、酷く気を重くさせる。
「あ、あの、衛宮くん。大丈夫ですか?」
「――え?」
余程俺は動揺していたらしい。
心配そうに顔を覗き込んでくる三枝の気配にまるで気が付かなかった。
「大丈夫、ちょっとぼーっとしてただけだ」
そう答えても三枝の不安そうな表情は変わらない。
「本当? なんだかとっても怖い顔してたけど」
困った。
事実は話せない、かといって巧い言い訳があるでもない。
なら、ここは多少は無理をしてでも誤魔化すしかない。
「そんな顔してたか、俺?」
「してたよ。
こんな風に眉間に皺寄せて」
本人は精一杯恐い顔を作ろうとしているんだろうけど、三枝がやるとどうしても可愛らしさの方が先立ってしまう。
「心配させたみたいで悪かったな。けど、本当になんでもないんだ」
苦笑を浮かべながら、失礼とは思いながらもぽんぽんと小柄な三枝の頭を叩く。
「あぅ……」
紅潮した顔を隠すように三枝は俯いてしまうが、俺の手が拒絶されることは無かった。
「ほ、本当に何もなかったんだよね?」
少し早口で、三枝は再度問う。
「ああ」
「そっか、ならきっと私の勘違いだったんだね。
ごめんね、余計な時間を取らせて」
三枝に謝られ、胸の奥がチクリと痛む。
どうして三枝が謝らなくちゃいけない?
この場で本当に謝るべきなのは自分の方なのに。
「元はといえばこんな場所にいた俺が悪いんだ。
それを心配して声を掛けてくれた三枝が謝るのは納得できない」
「でも迷惑だったんじゃ……」
「感謝こそすれ迷惑に思うなんてありえないよ。
それに時間が取られたのは三枝だって一緒だろ。なら謝るのは俺の方だ」
「そんなことない……って言っても衛宮くんは引き下がらないよね。
じゃあ今回はお互い様、どっちも悪くて誰も悪くなかったってことで。
それならいいでしょ」
柔らかく笑いながら、三枝は言った。
反則だと、そう思う。
だって、そんな訊き方をされたら反論できるわけないじゃないか。
「……分かったよ。三枝がそう言うのなら、それでいい」
「ありがと。じゃあ私は皆のところに戻るね。明後日、楽しみにしてるから」
小動物じみた動きで走り去っていく三枝に小さく手を振って見送る。
明後日……そういや大会を見に行くって約束してたっけ。
美由ねえたちにそのことを伝えるの、すっかり忘れてたな。
「ま、約束しちまった以上説得するしかないんだけどさ」
独り言のように呟いて、俺は少し軽くなった足取りを校舎に向ける。
何も俺一人で抱え込む必要なんて無い。
こっちにはメディという最高クラスの魔術師がいるのだ。
こと魔術に関することならば彼女に相談すれば何か手を打ってくれるだろう。
想う。
何も知らず平和に過ごす彼女等を護りたいと、護らなくちゃならないと。
なら今は、今の俺に出来ることを精一杯やっていこう。
生徒会室でリストを受け取り、いつも以上に修理に精を出す。
今日中に終わらせるつもりだった備品の数々は、急ピッチで作業したおかげで朝礼前に全て片付けることが出来た。
生徒会室にリストを返しに向かうと、一成はもう終わったのかと呆れたような、驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
一成と二人教室に向かい、予鈴ギリギリに席につく。
機械的な鐘の音がスピーカーから流れた直後、慌しい足音と共に藤ねえが教室に現れた。
ホームルームの藤ねえの話を聞きながら軽く教室を見まわす。
欠席は慎二を始め、普段から授業をサボっているような連中ばかり。
朝礼が終わり、藤ねえと入れ替わるように葛木先生が教室に入ってきた。
「授業を始める。号令を」
「起立! 礼!」
淡々と進む葛木先生の授業。
集中できないままを授業を右から左へと聞き流し、時々板書の内容をノートに書き写す。
授業終了のチャイムが響く。
俺は昨日の礼を言っておこうと教室を出て行った葛木先生を廊下に呼び止めた。
「昨日はありがとうございました」
「気にするな。それで彼女は?
美由希さんの書置きで衛宮の家に運んだことまでは知っているが」
「体調自体は良くなったんですが訳ありらしく、そのまま俺の家に居候することになりました。
あ、ちゃんと藤ね……藤村先生の許可も取ってます」
「そうか、ならば私から言うことはない。
布団は次に来る時にでも返してくれればいい」
「分かりました」
葛木先生と別れた俺はぶらぶらと廊下を彷徨いながら生徒達の様子を観察する。
雑談に興じる生徒達に、普段と変わった様子は見られない。
まあ、そう簡単に尻尾を出すわけないか。
もうじき次の授業が始まるし、そろそろ諦めて教室に引き返した方がよさそうだ。
それから二時間目、三時間目の後の休み時間も調査に当てるものの、一向に手掛かりらしい手掛かりは見つからない。
そして昼休み。
弁当片手に生徒会室に向かおうとすると、唐突に俺を呼び止める声が聞こえた。
「おーい、衛宮」
この声は美綴か。
「ちょっとが相談したいことあるんだ。弓道場に来てくれないか?」
「相談?」
「弓道部の問題で、多分適任なのがアンタだって内容だよ」
「……分かった。行こう」
美綴の言葉で、相談の内容が大体理解できてしまった。
すまん、一成。今日は肉抜きで頑張ってくれ。
「そうこなくっちゃ。ありがと、衛宮」
美綴は嬉しそうに俺の腕を掴むと、引き摺るように弓道場へと連行した。
その間ずっと柔らかいものが腕に押し付けられていたのは……忘れられん。
弓道場に入ってようやく解放された俺は、赤い顔を誤魔化すように無理矢理冷静を装って、ニヤニヤと実に楽しそうに笑っている美綴に訊ねた。
「で、慎二がどうかしたのか?」
俺のセリフに美綴は大きくはぁ〜と諦めたように嘆息する。
てっきり相談内容は慎二のことだと思ったのだが、もしかして違ったのか?
「ったく……、あれだけのことをしてやって一言目がそれとはね、この朴念仁は。
ま、いいさ。本題に入らせてもらうよ。
お前の言う通り、相談したいことってのは間桐に関することだ。
衛宮はさ、最近の慎二を見てて奇妙に思ったことって無い?」
―――――ドクンと、心臓が跳ねた。
それを悟らせないように表情を消し、なんでもなかった風に問い返す。
「奇妙?」
「ああ。アイツが授業をサボるのは前からだったけど、その時はいつも妹の間桐かあたしになんらかの連絡は寄越してたんだ。
一応アイツにも副部長って自覚はあるんだろうね。責任感は皆無だけど」
酷い言われようだが、否定できる要素が一つも見つからない。
「けどさ、冬休みが終わってからこっち、急に連絡が来なくなってね。
この間アイツが学校に来た時に問い詰めてみれば忘れてた、だと」
苛々した様子で美綴は吐き捨てる。
「間桐に聞いてみれば家にも帰ってないって話だし、携帯に電話掛けても繋がらないし……。
やれやれ、何やってんだかね、あの馬鹿は」
「慎二が帰ってない?」
「ああ。アイツん家、とんでもない金持ちだろ。
結構な額の金と身分証明に必要なものとか一式持って家出したらしい」
「ちょっと待て!?
家出したって、あの慎二がか?」
「そう。あの慎二が、だ」
「おいおい……」
予想していたより事態はずっと深刻なようだ。
「ちなみに持ち出した金額は?」
「正確には分からないけど、間桐によると一年は十分遊んで暮らせる金額だそうだ」
つまりそれは慎二の行動が突発的なものじゃなく、長期的な計画を立てられた上でのものであると示している。
「学校はこのこと、知ってるのか?」
「知らないよ。慎二の家の関係者以外で知ってるのは藤村先生とあたしくらいだと思うよ」
「なんで知らせてないんだよ!?」
「仕方ないだろ、伝えに行こうって言ったら間桐に猛反対されたんだから。
警察にも言ってないらしいし、他人の家の事情にあたしがでしゃばる訳にはいかないだろう。
ま、せめてもの救いはアイツが時折学校に顔を出してるってとこだな」
それは慎二なりの、自分は無事だから余計な真似はするなという牽制とも取れるが。
「あたしの相談ってのは衛宮がアイツの家出の理由を知らないかと思ってね」
「知ってるわけがない。今の話だって初耳だ。
桜も藤ねえも話してくれないから、美綴に教えてもらわなかったら多分気付かなかった」
「ちぇっ、衛宮なら知ってるって思ったんだけどなぁ」
そう言って彼女は残念そうに首を振る。
「なんで俺なら知ってるって思ったんだ?」
「慎二が頼りそうな人間を考えて、真っ先に思い浮かんだのがアンタだったのさ。
慎二の男友達っていや、衛宮くらいしかいないでしょ」
「悪かったな、力になれなくて」
「いいさ。衛宮の家に間桐が通い妻してる段階であんまり期待してなかったから」
「通い妻って……桜はそんなんじゃないぞ」
「……はぁ〜、こりゃあの子も前途多難だわ」
額に手を当てて盛大に溜息を吐く美綴を視界の隅に、俺は考えをまとめていく。
昨日学校に来た慎二の様子に違和感は無かった。
けれど慎二は俺に家出の事実を隠蔽していた。
何故だ?
話す必要を感じなかったか―――――あるいは何か話せない理由があるのか。
間桐の家の問題。
目下これが一番有力ではある。
最悪なケースとしては事件に巻き込まれたというケースだ。
その場合アイツに変化が無かったことから進んで首を突っ込んでる可能性が高い。
「厄介な……」
よりによって、こんな時期に。
―――――こんな時期に?
いや……考えすぎだ。
けれど一度浮かんだ疑念は一向に消えず、モヤモヤとした嫌な気分は拭い去れない。
「なあ美綴」
「ん? 考えはまとまったかい?」
「ああ。俺、学校の帰りにでも慎二を探してみるよ。
見つけたら理由だけでも訊いておく」
「……頼んだよ、衛宮」
「おう、任せろ」
「―――じゃ、この話はこれでおしまい。
さ、衛宮。弁当、食べよっか」
「ああ……って美綴、弁当は?」
「アンタにたかるつもりはないって。ちゃんと用意してあるよ。
ちょっと待っててくれ」
美綴は立ち上がり、弓道場の片隅に寄せられた鞄の一つを漁り、女の子にしては少し大き目の弁当箱を取り出す。
俺の正面にそれを置いた後彼女は奥に引っ込み、しばらくして急須と湯飲みを持って戻ってきた。
「ほら」
「サンキュ」
湯飲みを受け取った俺は湯気が立ち上る緑茶をぼんやりと眺める。
「何やってんだよ。食べないのか」
問い掛けながら、彼女の弁当箱が開く。
やや肉が目立つ気がするが、全体的にバランスが取れた弁当だ。
「へえ、美味そうだな」
「……アンタが言うと嫌味にしか聞こえないんだけど?」
ジト目で睨む美綴の視線を受けたまま自分の弁当を開ける。
箸を取り出し、それを指の間に挟んだまま合掌。
「いただきます」
「いただきます」
俺に一拍遅れるように美綴も手を合わせ、自分の弁当に箸を伸ばす。
数分、互いが無言のまま時間が流れた頃、美綴がふと気付いたように訊ねてきた。
「今日の弁当って間桐が作ったのか?」
「そうだけど、よく分かったな」
「だってアンタがあたしの箸を警戒するように弁当を持ってるんだからそりゃ気付くよ。
安心しなよ。いくらあたしでも桜がアンタのために作った弁当を奪おうなんて思わないから」
若干ニュアンスが妙に感じたが……まあいいか。
美綴がそう宣言した以上、俺のおかずが餌食になることはあるまい。
他愛も無い雑談をしながら弁当を完食し、美綴と共に弓道場を後にする。
教室の前で別れた俺たちはそれぞれの教室に入り、昼休みが終わるのを待った。
Interlude3−2
士郎が家を出て行くのを見届けてから、私は自室に向かう。
結局昨日美由希とは私の部屋で話し合い、相変わらず彼女自身に関する情報の殆どは秘匿されたまま相談を終えた。
その後徹夜で雛型まで完成させた魔術式を本格的に起動し、自身の魔力を満たしていく。
それからは魔具の作成、結界の強化、その作業でおよそ二時間に及ぶ時間を要した。
一通り作業を終えて居間に戻る。
居間に美由希の姿は無く、その代わりに乱雑に刀剣類が積み上げられているだけ。
名刀、名剣と一目見れば分かるような逸品揃い。
こんな沢山、何に使うのかと思っていると……。
「よいっしょぉ!」
また増えた。
美由希が無造作に見えるようで、その実丁寧な動きで畳の上に追加の武器を置く。
「貴女、何をやってるのよ?」
「これ? 土蔵の中のもの引っ張り出してきただけだよ」
「土蔵?」
「えっと、士郎がいつも魔術の鍛錬に使ってる場所で、ガラクタとかこーゆーのとかが置いてある物置みたいな建物。
なんなら案内しよっか?」
「ええ、お願いするわ」
本来なら魔術師の工房に出入りするにはかなりの警戒が必要になるはずなのだが、なんといってもそこはあの半人前未満。
一般人の美由希が自由に出入りしているなら危険は無いと見ていいだろう。
美由希に連れられて向かった先、見るからに重そうな土蔵の扉は開かれており、日の光が射しこむとはいえ中は少々薄暗い。
奥に大きく空間が開いているのは、あれらの武器がここに納められていたからか。
じゃり、と一歩、土蔵の中に踏み入る。
――――そこで私は、見てはならないものを、見てしまった。
無造作に置かれた一見何の変哲もないナイフ。
それを拾い上げ、睨むように凝視する。
なんたる異常。
なんたる異端。
純粋な魔術師であればこそ、これを前に殺気立たずにはいられない。
「―――美由希」
「ん? どうかした?」
「これは、何?」
確認するように握ったナイフを彼女に突き出す。
彼女はあっさりと、その異常の正体を口にした。
「それ? 多分士郎が投影したナイフだと思うよ」
「――――う、そ……」
これが投影?
こんな、規格外の代物が?
推測は正しかったけれど、いまだそれが信じられない。信じたくない。
「……貴女、投影がどういう魔術か知っていて?」
所構わず魔術を放ちたくなる衝動を理性という枷で強引に御しながら、彼女に訊ねる。
「……恐いね。これが普通の魔術師の反応?」
その答えで理解した。
彼女はこれを私に見せるリスクを知って、ここまで連れてきたのだと。
「切嗣さんからはこれは他の魔術師に見せないよう言われてたんだけどね。
魔術師のサーヴァントの貴女にいつまでも隠し通すなんて不可能だろうし、士郎はこれが当たり前と思ってるから何も知らずに見せちゃうかもしれないし」
……あの子ならやりそうだわ。
そう思って頷こうとしたけれど、彼女の言葉の中に、聞き捨てならない一言があった。
「待ちなさい。これが、当たり前ですって?」
「……私は投影魔術がどんなものかなんて知らないけど、メディがそれだけ動揺するってことは士郎の投影は通常の投影とは根本的に違うってことだよね?」
言外に肯定の意を含め、質問に質問を返される。
本当に何も知らないというのか、この女は?
それにしては私の意図や話の要点を掴むのがいくらなんでも早すぎる。
……いや、この際美由希のことは後回しで構わない。
訊いたところでのらりくらりとはぐらかされるのが眼に見えているし、そんなことに時間を使うより今は士郎の魔術の方が余程重要だ。
「投影魔術とは物質を自身の魔力で編み上げる複製の魔術。
その点についてだけなら士郎のコレも一応投影といえるわ」
「なら、どこが違うの?」
「本来投影というのはね、一時的な代用品としてしか機能しないものなのよ。
自身のイメージが崩れた瞬間、投影した物質は世界の修正力に負けて霧散してしまう。
そして安定したイメージを維持しつづけることなんて、人間には到底不可能。
だから私が投影を使ったところで十五分も保てば御の字ね。
けれど士郎の投影は違う。
何時間、何日、もしかすれば何年もこうしてナイフのカタチを維持している。
まるで、世界による修正なんて無いかのようにね。
―――――なんて、化け物。
等価交換の原則を何だと思っているのよ。
衛宮切嗣が隠したがるのも当然。
こんなもの、他の魔術師が見たら何をしでかすか分かったもんじゃないわ」
「……成る程ね」
真剣な顔で話を聞いていた美由希は納得したように頷く。
「ねえ、このナイフ、しばらく借りてても構わないかしら?」
「いいんじゃないかな。士郎の許可は取って無いけど。
一応何に使うつもりかだけ教えておいて」
「ただ単にコレを解析するだけよ。
魔術師がこんな原因不明な奇蹟を前に指をくわえてるはずがないでしょう」
そう言ってナイフを片手に握ったまま他に掘り出し物が無いかと土蔵の奥に進む。
探すまでも無く、ソレはすぐに見つかった。
地面に刻まれたサーヴァント用の召喚陣。
使われたのは随分前なのだろうが、それでもこの召喚陣はまだ『生きて』いる。
魔術師のクラスである私なら改良すればサーヴァントを召喚できるかもしれない。
反則ギリギリの行為ではあるが、使えるモノは何でも使うのが魔術師の流儀。
とはいえ今すぐに召喚するには魔力不足もいいところ。
だがサーヴァントに七騎という制限がある以上、そう悠長に構えてもいられない。
そこまで考えて、思考を打ち切る。
止めよう、今悩んでもどうしようもないのだから。
「こんなものかしらね……」
土蔵で得たものは、士郎の魔術や召喚陣の情報と投影品数点。
それを持って、美由希にまたしばらく篭ると告げて、私は部屋へと引き返した。
Interlude out
放課後。
俺は荷物を鞄に放り込むとそそくさと教室を後にする。
朝のうちで修理が済んだのは運が良かった。
おかげで、思ったより早く家に着くことができた。
本心では慎二を探すためすぐにでも捜索をはじめたかったが、彼女たちに報告しないまま単独で動くと洒落抜きで後が恐い。
だからひとまず美由ねえたちに事情を説明するべく、俺は玄関の扉を開いた。
「ただいま」
靴はあるから美由ねえはいるはずなのだが、どういうわけか返事は無い。
訝しげに思いながら俺は靴を脱いで自室に鞄を放り、居間の襖を開いて。
ガラガラ……パタン。
閉じた。
落ち着け、落ち着くんだ俺。
今のは見間違い。うん、そうに違いない。
ガラガラ……「あ、おかえり、士郎」
錯覚じゃ、なかった。
居間に所狭しと散乱している刀や剣、その他諸々の物騒な品々。
桜や藤ねえが見ようものならいくら身内でも一発で警察に通報されそうな光景が目の前に広がっていた。
「何やってんだよ、美由ねえ、メディ?」
「何って、メディに武装一式強化してもらってるんだよ」
あっけらかんと答える美由ねえに軽い眩暈を覚える。
「あのなぁ、こんなところを桜や藤ねえに見られたらどう言い訳するんだよ」
「恭ちゃんのコレクションを見せてたって」
…………なんの躊躇もなく言い切っちゃったよ、この人。
刀剣趣味なのは知っててもまさか本物が家のなかにゴロゴロしてるとは思わないだろ、普通。
まあ俺だってこれが必要な作業だと分かってるから強く反対しようとは思わないけどさ。
「で、今どのくらい終わったんだ?」
「あと残り十本くらいかな。士郎の分は手付かずだからついでにやってもらったら?」
「そうだな、頼もうか」
服の中に隠し持ってた武器を置いて、自室にある残りの武器を取ってくる。
強化を施すメディの動きはさながら精密な機械のよう。
左手で刀を手に取り、呪文を唱え、右手で刀を置くと同時に次の刀を左手で取る。
その繰り返しが延々と約五分ほど続き、全ての作業を終えたメディはふぅ、と息を吐いて額の汗を服で拭った。
「お疲れさん」
「……士郎? いつの間に帰ってきたのかしら?」
余程集中していたのか、メディは俺が帰ってきたことにも気付かなかったらしい。
苦笑混じりに俺は答える。
「ついさっきだよ。悪いな、面倒なこと押し付けたみたいで」
「承知したのは私なんだから士郎が気にすることじゃないわ。
それより、貴方には訊きたいことが幾つもあるの。
今から美由希と一緒に私の部屋まで来てくれないかしら?」
「いいぞ」
「いいよ」
特に断る理由も無いので俺たちはメディの後に続いて居間を出る。
「ちょっと待ってなさい、今結界を解除するから」
そして彼女の部屋の前に着くと、俺には理解できない呪文を唱え出す。
時間にして二秒程だろうか。
「はい、これで入っても大丈夫よ」
その言葉に少し不安になりながらも扉を開き、ゆっくりと中に入る。
そこには、もはや元の面影というものは無かった。
この部屋に最も相応しい表現をするならば異界というのが適切だろう。
どこから持ってきたのか、見るからに怪しい道具や薬品で溢れかえっている。
よくもまあこれだけの短時間でここまで改造したもんだと感心する。
「そこに座ってくれるかしら」
部屋の中央にある僅かな空白のスペースを指差して言う。
俺たちはメディに向かい合うようにその場所に腰を下ろした。
「にしても、ずいぶんと変わったな」
「私の神殿にするんですもの、この程度ではまだ足りないくらいよ」
「神殿って……まあいいけどさ。
この道具とかはどうしたんだ?」
「どうしたって、私が創ったに決まっているでしょう」
「メディが?」
調合するだけの薬品類ならまだしも、これだけの質量の道具を作るために必要な材料はどこから調達してきたというのだろう?
「キャスターのクラススキルには道具作成、陣地作成っていうのがあるのよ。
その恩恵を抜きにしても、この程度のことは造作も無いわ」
誇らしげに彼女は胸を張る。
「凄いな……。メディはこれを俺たちに見せたかったのか?」
「それもあるにはあるけれど、本題は別よ。
士郎、いまここで投影魔術を使って見せてちょうだい」
拒否は許さないという圧力を込めて要求するメディに、何故と訊ねることは出来なかった。
無言で頷きを返してから、ちょっと待ってくれと言って姿勢を整える。
「同調、開始
」
回路の生成は無事成功。
微かに、メディが息を呑む音が聴こえた。
疑問に思ったのは一瞬、余計な雑念は集中を乱すとそれを頭から追い出し、響きは同じでも先程とは違う意味を篭めた言霊を紡ぐ。
「投影、開始」
イメージするのは恭にーの愛刀、八景。
――――――創造理念の鑑定、完了。
――――――基本骨子の想定、完了。
――――――構成材質の複製、完了。
――――――制作技術の模倣、完了。
掌に収束していく魔力。
やがてそれは一本の小太刀となって俺の手に納まった。
「ふぅ、終わったぞ」
「―――貴方、正気!?」
魔術行使が終わったと見るや否や、メディが金切り声を上げて俺の胸倉を掴み上げる。
成すがままメディにぶんぶん揺られる俺は理由が理解できず戸惑うしかない。
「貴方がしたことがどれほど危険なことだと思っているの!?」
「お、落ち着きなよ、メディ……」
あまりに唐突な出来事に行動がフリーズした俺に代わってメディを制止しようと近付いた美由ねえを、彼女はギロリと恐ろしい眼で睨み据える。
「魔術師でもない人間が口を挟まないでちょうだい」
苛立ちを無理に押し殺した声で美由ねえに吐き捨て、メディは静かに俺の眼を覗き込む。
「ねえ士郎、自覚してる?
貴方が今この場で生きていることそれ自体が奇蹟だということを」
「――――え?」
淡々と告げたメディの言葉にそんな間の抜けた声を発したのは、俺か美由ねえか。
「一体、どういう……」
「士郎が魔術を習い始めたのは何時頃?」
説明を求めようとする俺たちに重ねてメディは問う。
「えっと、確か九年前……かな」
「九年間、こんな風に魔術を使っていたの?」
「こんな風ってどんな風にさ?」
「魔術回路を起動する際、わざわざ魔術回路を一から生成しているのかということよ」
「そうやるのが普通じゃないのか?」
「そんなわけないでしょう。
まったく……こんな命懸けの綱渡りを九年も続けて生きているなんて、悪運が強いなんて言葉じゃ済まされないわよ。
殆どの魔術師はね、自身の中にスイッチとでも呼ぶべきものを持っているの。
一度魔術回路を生成した後はそのスイッチのオンオフだけで簡単に魔術回路の開閉が出来るようになるのが自然なんだけど……」
「へえ、そういうもんなんだ」
初耳だと驚く俺をジト眼で見ながらメディは続ける。
「貴方に魔術を教えた衛宮切嗣が真っ当な魔術師ならスイッチの存在を知らなかったなんて到底思えないんだけれど……。
理由があるのか、それとも単に気付かなかっただけなのか。
……今更そんなことを考えても無意味ね。話を戻すわよ。
いくら知らされなかったこととはいえ魔術鍛錬を九年も続けてスイッチが作られていないなんて、はっきり言って士郎には魔術師としての才能は欠片も無いわ。
さらに言えばスイッチの持たない魔術師である士郎にとって、魔術を使うという事は常に自身の命を天秤に掛けることと同義。
無謀、命知らずにも程があるわ。
そんな状態で戦闘で魔術を行使して自滅されたんじゃ、この私が迷惑なのよ」
「……じゃあメディは俺に魔術を使うなと言いたいのか?」
「まさか。折角の戦力を自分から削るような真似はしないわよ。
それよりももっと単純な話。
スイッチがないというのならスイッチを作ればいいというだけの話よ」
「出来るのか?」
「ええ。その為の薬を調合するために少し時間は掛かるけれどね」
「何時まで掛かるの?」
「今日中には完成させるつもりよ。
その時まで士郎の魔術に関しては先延ばし。
今すぐ調合に掛かるから、自分から呼んでおいてなんだけど、二人とも出て行ってくれるかしら」
「わかったよ……そういや学校のことで報告することがあるんだけど」
「何かしら? 手短にお願いね」
「了解」
俺は学校の違和感、慎二の失踪、そしてさりげなく日曜日のことを告げる。
「三つ目は私と美由希を連れて行くというのなら問題ないわ。
貴方の友人の失踪は、確かに少し気掛かりね。
危険だと思った時はすぐに撤退するという条件で探索を認めてあげる。
学校の違和感については実物を見ないことにはなんとも言えないから、明日私が霊体化してついていくということでいいかしら?」
「ああ」
「後、学校で誰かに包帯のことを訊かれた?」
「……そういや誰にも訊かれなかったな。
メディが何かしたのか?」
「ちょっとした認識阻害の魔術をね。
他に言っておきたいことは無いかしら?」
「無いな。じゃあ俺たちは出て行くから、準備が出来たら呼んでくれ」
それだけを言って、俺たちはメディの部屋を後にする。
そして普段通り鍛錬をしようと俺たちはその足で道場に向かった。
「久しぶりに無手でやってみる?」
「そう……だなっ」
道場に向かう途中の庭、美由ねえの提案に頷いた俺は即座にバックステップで間合いを取る。
ひゅんっと、美由ねえの上段蹴りが先程まで俺がいた空間を打ち抜いた。
美由ねえの不意打ちは予測済み。
「あっぶねぇ」
わざとらしく呟いて、今度はこちらから間合いを詰める。
踏み込みから鳩尾狙いの肘打ち。
身体を捻って回避した美由ねえに右、左、右と拳のラッシュを浴びせる。
余裕の笑みさえ浮かべて美由ねえは拳の雨の中を掻い潜り、
「捕った」
左の手首を掴まれた。
「やべっ……」
天地が逆転する。
受身を取って衝撃を逃がしたところで、
「まずは一回」
眼前に美由ねえの足が寸止めされていた。
死の宣告。
このまま足が振り下ろされていれば、俺の頭蓋骨は粉々に砕けていただろう。
「ほら、早く立ちなよ」
「くそっ」
必死の状況を崩して間合いを広げた美由ねえに、急いで立ち上がり再度突進。
先の一撃より、速く、鋭く。
渾身の右ストレートを身を屈めて躱した美由ねえに追撃の膝蹴り。
軸足を払おうと放たれた美由ねえの足払いを膝蹴りをローキックに変化させることで防ぎ、続くアッパーを身体を反らして回避し、ついで……。
「はい、二回目」
カウンターに放った左フックは空を切り、美由ねえの肘が目の前に。
まるで勝負にならない。
投げ技も関節技も相手を捕らえてはじめて用を成す。
故に持ち技を駆使しても美由ねえの速さについていけない俺は打撃技に頼らざるを得ず、地力の差と手数の差でこうして毎度毎度あっさりと負けているのである。
「せめて有効打の一発くらいは……」
「あはは、頑張れ少年」
美由ねえの打撃を弾きながら機を見て放つ攻撃は簡単にいなされ、防戦に徹しようにも埋めがたい実力差で圧倒されるばかり。
結局三十分続けた戦闘で美由ねえにダメージを与えることはできず、俺は十三回殺された。
軽く自己嫌悪、十秒で復活。
道場での鍛錬は一旦中止となり、美由ねえは俺が休憩してる間に刀剣類を片付けとくよと言って先に居間に戻っている。
土で汚れた制服を軽く払ってから、俺は疲労を癒すため縁側に腰を降ろす。
しばらくそのまま寛いでいると、電話のコールが鳴り響いた。
「はいはい、今行きますよ」
独り言を言いながら、受話器を取る。
「もしもし、衛宮ですが」
「お、その声はえみやん」
俺のことをえみやんなる呼称で呼ぶ人間に心当たりは生憎一人しかいない。
「ネコさんですか?」
「そーだよ」
蛍塚ネコ。
俺のバイト先である酒屋コペンハーゲンの店長の一人娘で藤ねえの高校時代の同級生だ。
「何かあったんですか?」
「悪いけどえみやん、今日入ってくれない?」
「……またですか。ちょっと待っててください、美由ねえの許可取ってきますから」
「はいよ」
保留ボタンを押して居間に向かう。
居間ではせっせと美由ねえが片付けを行っていた。
「美由ねえ。今ネコさんから電話でバイトに入ってくれって言われたんだが」
「行ってきなよ。ここの片付けはやっとくからさ」
ネコさんに了解と返事を返して電話を切り、流石に美由ねえ一人に任せるのは悪いと片付けを手伝う。
土蔵から引っ張り出してきたものは土蔵へ、自分たちの武装は自分たちの部屋へ。
武器を片付けた後は埃の掃除。
十五分程掛かって、ようやく居間は綺麗になった。
「じゃあ、俺は準備をしてくるから」
自室に戻って私服に着替え、親父の数少ない遺品の黒いコートを羽織る。
サイズは多少大きいが、そんなもの、今の俺の身長なら誤魔化せる程度の差だ。
強化してもらった武器をコートに隠し、財布とハンカチはズボンのポケットに。
腕時計を巻いて準備を整えた俺は居間に顔を出して夕飯は桜に作ってもらうよう伝え、メディにもよろしくと残して、俺は新都に向かうべく学校傍のバス停に向かった。
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二月も終わりとなりました。花粉症が辛いです、ホント。
三日目は次で終わり、四日目に初戦開始予定。
遅筆ですがこれからもお付き合い頂ければ幸いです。
感想、お待ちしております。