Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作

理想の意味、剣の意志

三日目 第二部

方針決定 〜meetingT〜



 暗闇と静寂に包まれた夜の深山町。

 平均的な消灯時刻はとうに越えており、民家から漏れ出る光が無い以上、定間隔に置かれた街灯がほぼ唯一の光源といえる。

 流石にこんな時刻に出歩くような奇特な人間がいるとは思わないが、万一ということもあるので俺はやや急ぎ足で衛宮邸に向かっていた。

「ちょっと待って」

 交差点に続く坂を下る途中、一歩後ろを歩いていたキャスターに唐突に呼び止められる。

 足を止めて振り返ると、彼女の顔には悪戯っぽい笑みが張り付いていた。

 その微笑に若干嫌な予感を覚えつつ、用件を問い掛ける。

「どうかしたのか?」
「今のうちに見せておきたいものがあるの」
「見せたいもの?」

 こんな場所で何を見せるのかと首を傾げて心当たりを探すが、皆目見当も付かない。

「ふふ、まあ見てなさい」

 そう言うと同時、目の前にいたキャスターが忽然と消失した。

「なっ!?」

 慌てて意識を集中し、彼女の気配を探る。

 キャスターの気配は……あれ? さっきの位置から一歩も動いていない?

『どう? 驚いてくれたかしら』
「あ、ああ……」

 虚空から聞こえる彼女の声に曖昧に頷き、片手に布団を抱えたまま気配の元に腕を伸ばす。

 空を切る右腕。

 指を動かしてみるが、何も掴むことは出来ない。

 どうやら存在は知覚することは出来ても触れることは出来ないらしい。

『あら? 私の位置が判るの?』

 軽い驚きを含んだキャスターの声。

 何が言いたいのかはいまいち理解できないが、とりあえず肯定の言葉を返す。

「まあな。
 随分と気配が弱いから意識を集中しないと正確な場所までは掴めないけど」
『それでもたいしたものよ。
 霊体化したサーヴァントを見つけるなんて』
「霊体化?」
『サーヴァントが英霊という話はしたわよね。
 英霊という言葉の通り、サーヴァントはもともと霊体として存在しているの。
 通常ならば霊体はマスターの魔力によって肉体を構成するものだから、マスターが魔力提供を絞れば自然と霊体に戻るわ。
 これが霊体化と呼ばれるものよ。
 そして霊体化したサーヴァントを観測できるのは本来ならレイラインの繋がったマスターだけなんだけど……』
「俺達の場合は違うのか?」
『ええ、その通りよ。
 正式な手順を踏んだ契約とは違う形だったのに加えて、士郎の魔術師としての能力があまりに低くてね。
 今の私に供給されている士郎の魔力は雀の涙程度しかないのよ』
「雀の涙って、そんな程度しか供給されてないのか?」
『……もしかして士郎、自分の魔力が供給されてる自覚が無いのかしら?』
「おう、無いぞ」
『…………』
「おーい……」
『…………』

 沈黙したままのキャスターの気配が動く。

 接近。

 腕が引かれる気配。

 実体化。

 渾身の左ストレートが俺の鳩尾に吸い込まれ―――

「おわっ!」

 ―――る直前に身を捻り、迫る一撃を回避する。

 空振った小さな拳。

 キャスターは躱されることを想定していなかったのだろう。

 勢いを殺しきれずにバランスを崩した彼女は、俺に向かってぶつかるように倒れ込んだ。

「きゃっ!」
「っと、大丈夫か?」

 軽い彼女の身体を、左手と身体で抱きしめるように受け止める。

 抱き止めたキャスターの身体には女性特有の柔らかさと、あと少し力を込めれば容易く折れてしまうのではと思わせる細さがあった。

 鼻腔を擽る彼女の匂い。

 不意に、一時間程前の柳洞寺の彼女の裸体がフラッシュバックする。

 一瞬にして頬が熱くなり、キャスターに気付かれないよう小さな深呼吸を繰り返す。

 落ち着け、落ち着くんだ、俺。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

 キャスターの礼に反射的に言葉を返した俺は、頭の片隅にいまだちらつく姿を意識的に無視して、動揺を悟られないようにゆっくりとキャスターを離した後、なるべく感情を抑えて問い掛ける。

「で、なんでいきなり殴りかかってきたんだ?」
「……だって、半人前だと判っていてもここまで酷いとは思わなかったんですもの」
「酷いって、何がさ?」
「魔術師としての力量よ。
 影響が無いからといって自身の魔力の流れすら把握していないなんて、半人前どころか駆け出しと大差ないじゃない。
 私が魔力不足で苦しんでるっていうのにその未熟を堂々と言い切られたら誰だって腹も立つというものでしょう。
 私が滅多に使わない打撃攻撃に頼りたくなるほどにね」
「あ〜……確かにそりゃあ殴られても文句は言えないな」
「まったくよ。私に魔力の余裕が無くてよかったわね。
 もし普段通りの魔力があれば死なない程度に攻撃魔術を撃ち込んでいたでしょうから……主に私のストレス発散のために」

 うわひでぇ、とかいや流石にそれはやりすぎじゃないかとか思ったが、俺に非が有るだけに反論の言葉は飲み込まざるを得ない。

 結局俺が出した結論はとにかく謝って許しを請うというものだった。

「ごめんな。自覚が無かったとはいえ無神経なことを言っちまって」
「はぁ……もういいわよ」

 キャスターは本日何度目かも判らない溜息を吐いて俺の隣に立つと、歩みを再開するように無言で促し、二人並んで坂を下る。

 歩きながら、キャスターは確認するように問い掛けてきた。

「一応聞いておくけど、士郎はレイラインの繋がりも感知できないのよね」

 頷く。

 一応魔術に関する知識として親父から教えられて言葉だけ知ってはいたが、それが認識できないようでは意味が無い。

「やっぱり……。ああ、別にこれに関しては士郎だけが悪いわけじゃないわよ。
 今の私達の間にあるレイラインはね、身体を重ねた時に私が強引に繋げたものなの。
 正規の召喚で結んだものでない以上、なんらかの不具合が発生するのは予想していたわ」
「不具合?」
「差し当たって現段階での大きな問題は魔力不足と霊体化の二つ。
 一つ目に関しては士郎の実力不足によるところが大きいから、今のところ解決方法は時間を掛けて地道に溜めるしかないでしょうね。
 二つ目についてはさっきのアレよ。
 レイラインを認識できない士郎の場合、自らのサーヴァントである私の存在すら観測することができないはず。
 だというのに、貴方は姿の見えないはずの私に迷わず腕を伸ばした」
「ああ、なるほど。だからあの時驚いてたのか」

 キャスターからすれば俺に知覚されたことは予想外だったのだろう。

「折角士郎の慌てふためいてる姿を楽しもうと思っていたのに」
「って、何考えてたんだよ!?」
「それで、どうやって私を見つけたのかちゃんと説明してくれるんでしょうね」

 正当なはずの俺の抗議をあっさりとスルーし、キャスターは鋭い眼でこちらを見据える。

 ある種の諦念を含ませた溜息を吐いて気分を改め、別に隠す理由も無いので正直に説明することにした。

「説明するほどのことでもないんだけどな。
 俺の学んだ御神流って剣術には『心』って技法があってさ」

 正確には御神不破だが、細かいことまで説明してもわからないだろうから割愛する。

「『心』?」
「この技は視覚からの情報に頼らず、音や気配によって相手の居場所を察知するって技なんだが、キャスターが消えた時に反射的にこれを使って……」
「私の気配を見つけたと?」
「ああ。一般人に比べれば弱い気配だったけど、気殺を使った美由ねえや恭にーを探すより遥かに楽だったぞ」
「霊体化したサーヴァントより発見しづらいってどんな化け物よ、それ……」

 愕然として呟くキャスター。

 それには俺も心底同意する。

 キャスターが魔術師であり物理的な気配には無頓着だったから知覚できたとも考えられるが、あの二人に関してはそもそも次元が違う。

「って、ちょっと待ちなさい。
 今聞き慣れない名前があった気がするけれど?」
「恭にーのことか?」
「そう、それよ」

 プライバシー云々の問題があるかもしれないが、キャスターがこれから衛宮家で暮らす以上、住人の情報を知る権利は十分ある。

 恭にー本人もそんなことを気にするような小さい人間じゃないし、まぁ教えても大丈夫だろう。

「恭にー。本名高町 恭也。俺の剣術の師匠だ」
「あら? 高町ってもしかして……」
「一応忠告しとくけど、美由ねえ相手に恭にーとの関係を尋ねない方がいいぞ。
 …………色々と複雑な事情があるらしいし」

 雷画の爺さんに頼んで戸籍を偽造してもらったとかなんとか。

 藪を突付いて蛇が出るようならまだマシではなかろうか。

 あんまり触れて欲しい問題ではない。

「事情ねぇ……まぁ、それはこの際置いておきましょう。
 士郎の師匠というからには腕前は確かなのよね?」
「本当に人間かと疑いたくなるくらいだな。
 人間辞めてると言われても信じるぞ、俺は」
「美由希とどちらが強いのかしら?」
「二人が本気で戦ってる姿を見たことは無いから確実とは言い切れないけど多分恭にーが勝つ。
 あ、言っとくけど恭にーに協力を頼むのは無理だぞ。今は仕事で海外に行ってるから」
「そう。残念ね……」

 余程期待していたのか、キャスターの顔はあからさまな落胆の色に染まっていた。

「意外だな。キャスターがそこまで恭にーに関心を持ってたなんて」
「美由希の実力の片鱗を士郎が気絶している間に見せてもらったのよ。
 彼女と同程度、あるいはそれ以上の戦闘能力を持つ人間がいると言われて興味を抱かない方がおかしいわ」
「実力の片鱗?」
「……聞かないでちょうだい。今になって思い出してもぞっとするわ」

 嫌な記憶を振り払うように頭を振るキャスター。

 何があったのか非常に気になったが美由ねえが隠したことと関係があるのは明白で、問い詰めても無駄だということは過去の経験で理解している。

 キャスターは話題を逸らすように咳払いを一つ。

「ま、無いものねだりをしていても仕方ないわ。
 いない人間のことを考えるより今は士郎の戦力を把握する方が先。
 ねえ、士郎の家まであとどれ位かかるのかしら?」
「交差点は曲がったから、もうちょっとで着く。
 それより、俺の戦力を把握するって言うけど何をする気なんだ?」
「私が用意したゴーレムと戦ってもらうのがベストなんだけど、こんな状況で少量の魔力でも無駄にしたくはないわ。
 だから事後承諾という形にはなるけれど美由希を相手に模擬戦をしてもらうつもり。
 別に勝てなんて酷なことを言うつもりはないから、その点は安心してちょうだい」
「……全く安心できないんだが。
 まさかとは思うがフル装備で戦えなんて言わないよな?」
「フル装備?」
「真剣や予備の小太刀。小刀、鋼糸、飛針みたいな暗器。全力で戦える実戦を想定した装備ってことだ」
「心配しなくても流石にそこまで危険な要求をするつもりはないわよ。
 私はただ美由希と戦ってどこまで粘れるかを見たいだけですもの」
「粘れるって……いや、美由ねえと戦うとなると一瞬でも隙を見せたら即敗北に繋がるからあながち間違いと言えないか。
 ま、少なくとも一分くらいはもたせてみせるさ」

 とはいえ、もしもこれが模擬戦ではなく本気の美由ねえと勝負することになっていたら、俺如きの腕では一分はおろか十秒耐えることさえ至難の技だ。

 下手すりゃ一撃で意識を飛ばされかねない。

 だが、腕試し程度で美由ねえが全力を出すことは有り得ない。

 それが分かっているからこその一分という時間。

「期待させてもらうわよ。精々頑張ってちょうだい」
「ああ、任せとけ。
 …………と、着いたぞ。ここだ」

 そんなことを喋っているうちに坂道を登りきり、俺たちは衛宮と表札の掛かった門の前に辿り着いた。

 キャスターは値踏みするような眼で家を見渡す。

「結界は張られてるようだけど……あまり迎撃には適したものとはいえないわね。
 これは士郎が張ったものなの?」
「いや、死んだ親父が遺してくれたもんだ。俺じゃそもそも結界魔術なんて扱えない」
「……そういえば士郎はどんな魔術を使うのかしら?」

 懐に入れておいた鍵を取り出して門を開けながらキャスターに答える。

「俺が扱える魔術は今の所『強化』、『投影』、『解析』の三つだけだ」
「投影? なんでまたそんな無駄な魔術を……」
「親父にも似たようなことを言われたよ。
 投影なんて効率が悪すぎるから鍛えるなら強化にしろってさ」
「でしょうね。私も同じ事を言うわ」

 門を潜り玄関に向かいながら過去の親父の顔を思い出す。

 あの時、親父はやけに真剣な顔でそう言ったっけ。信頼できる人以外には投影を見せるな、とも。

 玄関の扉を開き、廊下の電気を点ける。

 キャスターを居間に案内し、ひとまず床に持ち帰った布団を下ろしてからお茶の用意をしようと台所に入って湯を沸かす。

「何をしているのかしら?」
「何って、見てのとおりお茶の用意をしてるだけだが」
「お茶って、貴方ね……。今はそんなことをしてる場合ではないでしょう」
「そんなことって言うけどな、美由ねえがいないのに話を進めてもしょうがないだろ。
 それならお茶でも飲んで冷えた身体を温めたほうがいいんじゃないか?」
「……分かったわよ」

 俺の言葉にキャスターはしぶしぶといった様子で引き下がる。

 そう待たず沸騰したお湯を急須に注ぎ、二人分の湯飲みとお茶請けのどら焼きを盆に乗せて居間のテーブルに運ぶ。

 湯飲みに注いだ緑茶から立ち上る湯気。

 自分の湯飲みを手に取り、軽く一口……うむ、美味い。

 やっぱりこんな寒い時はあったかい緑茶に限るよな。

 ふとキャスターに目を向けると、彼女は差し出された湯飲みをじっと見つめていた。

「飲まないのか?」
「……飲むわよ」

 熱そうに湯飲みを持ち上げ、啜る。

 ほぅ、と息を吐いて、キャスターは。

「美味しい……」

 そう、呟いた。

「だろ」

 嬉しさに口元が緩むのが堪えきれない。

 だって、そう言った彼女の顔はこれ以上無いってくらい穏やかだったから。

 やがて飲み終わったのか、彼女は名残惜しそうに湯飲みを置いた。

「お代わりはいるか?」
「……ええ、もらえるかしら」

 急須を手に取り、自分の分も一緒に注ぐ。

 お茶を飲んでいるキャスターの様子を観察していた俺は、あることに気付いた。

 特徴的なエルフ耳が、ピコピコと可愛らしく動いている。

 …………掴んでみたい。

 って、俺は何を考えてるんだ!?

 いくらなんでも失礼過ぎるだろう、と時間が経つごとに強くなる好奇心を理性を総動員して必死に押さえ込む。

 …………でも、やっぱり触ってみたい。

 いかん、そろそろ自制が…………。

 その衝動を誤魔化そうと、何か別の興味の対象となるなるような物を探す。

 目に付いたのは、お茶請けとして用意したどら焼き。

 折角なので、彼女に勧めてみることにした。

「なんならどら焼きもどうだ?」
「どら焼き?」

 首を傾げるキャスターを見て、ああ、と一人納得した。

 すっかり失念していたが、キャスターは過去の英雄だったんだよな。

 どら焼き自体を知らなくても不思議じゃない。というか知っているほうが驚きだ。

 どら焼きを一つ取り、半分に割って中を見せながら説明する。

「どら焼きってのは銅鑼形に焼いた皮に餡を挟み込んだ和菓子でな。
 これがまた緑茶との相性が抜群にいいんだ」

 キャスターは躊躇いながらどら焼きを掴むと、俺のしたように半分に割って小さな口で少し齧る。

「美味しい……」

 同じ言葉。

 だけどその声はさっきのような微かな呟きではなく、はっきりと俺の耳に届く大きさだった。

 そして、うっすらと浮かぶ純粋な微笑。

「ああ……そりゃ、良かった」

 その美しさに、思わず見惚れた。

 その微笑で、さっきまでの邪な思考も吹き飛んだ。

 言葉が続かない。

 俺はただ、彼女の姿だけを見つめていた。

 それからしばらくは互いに会話らしい会話も無かったけど、過ぎ去る時間は穏やかで心地良いものだと感じていた。

 その時間に終わりをもたらしたのは、帰宅した美由ねえが玄関の戸を開く音。

「ただいま〜」
「……おかえり、美由ねえ。お茶、飲むか?」
「うん、お願い。私はちょっと荷物片付けてから行くから」
「ん、分かった」

 美由ねえの分のお茶を用意するために腰を上げる。

「ごちそうさま。私はもう結構よ。美味しかったわ」

 キャスターはそう言って静かに湯飲みを置く。

 その時の彼女の顔は心なしか上機嫌に見えた。

 新たに湯を沸かす。

 荷物を置いて戻ってきた美由ねえに淹れたての茶をご馳走する。

 美味しそうにそれを飲み干した美由ねえは一息ついて礼を言った。

「ありがと」
「どういたしまして」

 美由ねえがくつろぎはじめたのを見計らい、キャスターが待ちわびたように本題を切り出す。

「美由希。帰ってきて早々で悪いのだけど、士郎と模擬戦をやってもらえないかしら?」
「なんで?」
「貴女の言う半人前の実力を見せてもらいたくてね」
「別に模擬戦するのは構わないんだけど、やるなら朝にしてくれないかな?
 流石に今日はもうこんな時間だし、いい加減寝た方がいいと思うんだ」

 そう言われて時計を見上げれば、時刻は既に二時前。

「そうだな。俺も美由ねえに賛成だ。
 キャスター、話の続きは朝からってことで構わないか?」
「仕方ないわね」
「助かるよ。それじゃあ五時にここに集合ってことでいいな」

 二人が頷いたのを確認して、俺は腰を浮かした。

「さてと。俺はキャスターを客間に案内するから美由ねえは先に休んでてくれ」
「じゃ、お言葉に甘えてお願いするね。おやすみ、士郎」
「ああ。おやすみ、美由ねえ」

 水を張った流しに湯飲みを沈めてから美由ねえと別れ居間を出た俺は、客室のある別棟に繋がる廊下を歩いていた。

「この部屋でいいか?」

 案内したのはベッドとデスクの置かれたごく普通の洋室。

 美由ねえと俺がこまめに掃除しているから、使ってない部屋とはいえ埃が積もっているようなことはない。

「十分よ。ありがたく使わせてもらうわ。
 士郎はもう寝るのよね?」
「ああ」
「そう。おやすみなさい」
「おやすみ、キャスター」

 そう言って、扉が閉じられた。

 俺は踵を返して自室に向かい、布団を敷いてその中に潜り込む。

 色々なことが急に起こったせいか、余程疲れが溜まっていたらしい。

 横になった途端襲ってきた眠気に抗いきれず、あっさりと眠りに落ちた。







 四時四十五分、俺はあらかじめセットしておいた目覚ましに叩き起こされた。

 素早く布団を畳み、洗面所で顔を洗い道着に着替え、その上に自室から持ち込んだ黒いコートを羽織る。

 その後、朝食の仕込をしようと居間に向かうと、既にそこにはキャスターがローブ姿で座っていた。

「おはよう、キャスター。朝、早いんだな」
「おはよう、士郎。早いのではなくて、単に昨日寝てないだけよ」
「寝てないって大丈夫なのか?」
「心配しなくても大丈夫よ、そもそもサーヴァントに睡眠は不要ですもの。
 もっとも現在のように衰弱している状態なら少しでも魔力を温存するために眠った方がよかったのかもしれないけれど、昨日のうちにやっておくことがあってね」
「やっておくこと?」
「ええ。地脈の操作と工房の下準備。
 地脈の操作に関しては多分貴方の父親が弄ったんでしょうね。
 そのお陰で思っていたよりも楽に作業が進んで、少しずつだけど魔力が溜まりはじめたわ」
「親父が……?」

 そんなこと、ひとことも聞かされなかったぞ。

 疑問に思い考えを巡らしていると、道着の上に白いジャケットを身に着けた美由ねえが居間に入ってきた。

「あ。おはよ、二人とも」
「おはよう、美由ねえ」
「おはよう、美由希」

 美由ねえが起きてきたためひとまず話は打ち切り、朝食の仕込を済ませてから三人で薄暗い庭を抜けて道場に向かった。

 一礼して道場に入り、上着を畳んでキャスターに預け、俺と美由ねえは冷える身体を温めるように準備運動をはじめる。

「とりあえず木刀だけってことでいいんだよね」
「ええ、構わないわ」

 準備運動を終えた美由ねえは道場の隅に離れていたキャスターに確認を取る。

 それを聞いた俺と美由ねえは互いに二本の木刀を手に取り、俺は二刀差しに、美由ねえは十字差しにして腰に納めた。

 ちなみに二刀差しというのは恭にーがよくする、昔の侍のように二刀を並べて差す抜刀を軸に据えた剣士が好む差し方のことで、十字差しというのは背中側の腰に十字に交差するように差す御神流の標準的な差し方のことだ。

 道場中央で対峙した俺たちは、キャスターの合図を待つ。

「準備はいいわね――――それでは、はじめっ!」
「はあっ!!」

 開始と同時、先手必勝と気合いの声を上げて奥義を放つ。



  ――――――御神流 奥義之壱 『虎切』 ――――――



 御神流の奥義の中でも速度、射程距離ともに優れた一刀の抜刀術。

 鞘による加速が無いとはいえ普通の剣撃よりずっと速い一撃を美由ねえは易々と回避し、『神速』の世界に入ったのか視認不可能な速度で右手に構えた木刀を唐竹に振り下ろす。



 ――――――御神流 奥義之歩法 『神速――――――



 『神速』に対抗できるのは、同じ『神速』を扱える御神の剣士のみ。

 モノクロに変わる視界。

 全ての動作がスローモーションで、自分の動きすらひどく緩慢に感じられる。

 その中で、振り下ろされる斬撃の速度だけは僅かに鈍る程度。

 それは美由ねえがいまだ『神速』を維持している証。

 残る一刀を逆手で引き抜き、『徹』を込めて振り抜いた。

 御神流、『徹』

 御神の剣士の第二段階にあたるこの技は衝撃を表面ではなく内部に直接浸透させる。

 故にガードは無意味、回避するしか手は無いのだが……。

 木刀同士のぶつかり合う、鈍い音が道場に響き渡る。

 美由ねえの斬撃に込められた『徹』と俺の一撃が相殺し、鍔迫り合いに持ち込まれたのだ。

 力勝負になれば、男として情けないことだが実戦経験豊富な美由ねえに分がある。

 だから俺はこの均衡を崩すべく、引き戻した右の木刀を突き出した。

 美由ねえは左の木刀を抜刀してそれを弾く。

 弾かれた勢いに逆らわず、俺は美由ねえとの間合いを強引に引き離した。

 モノクロの世界が終わる。

 今のところダメージは痺れの抜けない両腕のみ。

 あのまま続けていれば間違いなく押し負けていたことを考えれば、被害は最小限に食い止めたといえる。

 腕の痺れを意識から無理矢理追い出し、美由ねえの隙を窺う。

 ――――――ようやく、三秒。

 四秒、五秒と始めの攻防が嘘のように、互いに動かない。

 カウンター狙いに切り替えた俺は、今更ながら一分は無茶だったかな、なんて考える。

 十秒が過ぎた。

 先に動いたのは、美由ねえ。

 美由ねえは機を計るように壁や天井を蹴って死角への移動を繰り返す。

 少しでも気を緩めればその瞬間見失いかねない彼女の残像を俺は必死に捉える。

 戦局が大きく変わったのは、試合開始から二十三秒後。

 七メートルほどの間合いで唐突に止まった美由ねえが、ゆっくりと刺突の構えを取った。

 迷わずに、俺は神速の世界に突入する。

 あの構えは御神流の奥義、『射抜』。

 美由ねえが最も得意とする、御神流最長の射程距離を誇る技だ。

 それに対抗するには、後先考える余裕なんて無い。



 ――――――御神流 奥義之六 『薙旋』――――――



 恭にーから徹底的に鍛えられた、俺の使える御神の奥義の中で最も完成に近い、だが決して完成することはないであろう奥義。

 抜刀から放つ、神速の四連撃。

 ――――――けれど、そんなもの。

 完成された御神の剣士の奥義の前では、児戯も同然。

 結局突進する美由ねえに対して俺の放てた『薙旋』は三発。

 鞘が無い状態とはいえ、出来たことといえば『射抜』の勢いを僅かに弱める程度だった。

 ――――――二十五秒。

 美由ねえの木刀は、俺の心臓の所で寸止めされていた。

「ああくそ、参った」

 木刀を放り捨て、降参の意を示す。

 それを見た美由ねえは木刀を納め、俺は深い溜息を吐いた。

 『神速』を使った影響で疲労困憊で汗だくの俺と、対照的に汗で濡れてはいるものの俺より遥かに量は少なく、域の乱れすらない美由ねえ。

 その試合後の有り様が今の俺と美由ねえの実力差に感じられて、毎度の事ながら悲しくなる。

 タオルで汗を拭きながらふと道場の隅に眼を向けると、キャスターがあんぐりと口を開いて固まっていた。

「悪いな、キャスター。一分どころかその半分すら持ち堪えられなかった」
「え……ええ……。
 じゃなくて一体なんなのよ、今のは!?」

 はっと我に返ったキャスターは問い詰めるように俺の胸倉を掴んでぶんぶん揺さぶる。

 なんというか普段のイメージが冷静、というか冷酷なだけにこう強引に詰め寄られても迫力がいまひとつ足りてない。

「何って言われても、普通の模擬戦だけど?」
「神秘の欠片も無くあんな人間離れした動きをしておいてどこが普通なのよ!?」
「ひとまず落ち着いてくれ、キャスター」

 掴まれた彼女の手を解いて、取り乱しているキャスターを宥める。

 深呼吸を繰り返したキャスターは冷静さの戻った静かな声で詰問してきた。

「開始直後と決着間際の二度、私には貴方達の姿が消えたように見えた。
 どういうことか教えてくれるわよね?」

 美由ねえと顔を見合わせ、美由ねえが頷いたのを確認して話し出す。

「そうだな……キャスターが消えたと感じた現象についてだけどな、御神流の奥義の歩法の『神速』ってのを使ったんだ」
「『神速』?」
「あ、それについては私から説明するよ。
 『神速』っていうのは御神流の中でも秘奥の中の秘奥。
 簡単に言ってしまうと集中力を極限まで高めることで、色彩感覚を代償に自分の限界を超えた速度で動ける技のことで、この『神速』の空間の中にいると他の全ての動きが遅く感じられるんだ。
 もちろん、同じ『神速』を使える人間を除いてだけどね」
「…………とんでもないわね。
 それは要するに同じ御神の剣士以外は捉えられないということでしょう?」
「聞いただけだとそう感じても仕方ないけど、実際はそうでもないんだよね。
 鍛錬を積み重ねて異常に動体視力のいい人なんかは『神速』を使った移動を眼で追えるし」

 恭にーに連れられて日本中を周っている時、そんな人間と何人も出会った。

 どこぞの直死な人然り、カレー司祭然り、リアルバウトな高校の怪物教師然り。

 他にも様々な人の顔が浮かんでは消えていく。

「それにね、この技には大きな欠点があるんだ。
 限界を超えるってことは全身に強い負担がかかるってことと同義だからね。
 考えなしで連続で使ってると強い疲労が残るし、下手すれば使用者の身体がその負荷に耐え切れなくて破綻することも有り得るんだ」

 破綻するのはまだ身体が出来ていない発展途上の子供や身体の一部に障害を持つ人間が多いと聞かされている。

 だから俺はほんの一年くらい前まで恭にーから『神速』の使用に関してだけはかなり厳しく制限されていた。

 ただ、限界突破はこの技の特化した一面性に過ぎない。

 だが、御神の秘奥である『神速』が、ただ「限界を超えた速さで動ける」だけの技であるはずがない。

 『神速』の本質は「全てが遅く感じる世界」への扉の開く鍵。

 攻撃の軌跡がスローで見えているならば、自身の動作が同程度遅く感じてようと思考は通常通り、その世界の中では普段の数倍の速度で思考を展開できる。

 自らの手札を隠すのは剣士の性、美由ねえは流石にそこまで話すつもりはないらしい。あるいは、思考を誘導するのが目的なのか。

「身体に掛かる負担といい、まるで魔力を一切消費しない固有時制御のようね」

 たとえの意味が理解できなかった俺とは違い、美由ねえは驚いたように口を開く。

「切嗣さんと同じ事を言うんだね」
「親父が?」

 本日二度目の、俺の知らない親父の一面。

 訊ねた俺の言葉をおそらく意図的に無視し、美由ねえはキャスターとの話を続ける。

「当たらずとも遠からず、っていうのが正しいかな。
 私は魔術のことは詳しく判らないから漠然としか判らないけど」
「そう……。『神速』についてはおおよそ理解したわ。
 でもだとすると、何故『神速』を使える士郎が半人前なのかしら?」

 解せないといった顔のキャスターに、流されて些か不機嫌だった俺はぶっきらぼうに答えた。

「俺に剣の才能が無いからさ」
「あれで才能が無い? 嘘でしょう?」
「嘘じゃねえよ。美由ねえと恭にー、俺の知る剣士の中でも最高クラスの二人に教えてもらったお蔭でなんとかそこまでは辿りつけたけど。
 問題はその先にある奥義だ。
 人の技を模倣することだけは得意だった俺は、奥義の型を一通り恭にーから教えられてはいるから一応使えることは使えるんだ。
 けどそれは使えるってだけで、精度も威力も本家には遥かに及ばない。
 美由ねえの『射抜』、恭にーの『薙旋』、奥義の極。
 どれだけ足掻こうと届かない御神の剣士として完成されたカタチは、他の誰でもない俺自身が一番よく知ってるさ」

 思い出すのは弟子入りした三日目の、恭にーの言葉。

『士郎。太刀筋を見ている限り、お前にはおそらく剣の才能は無い。
 どれだけ鍛錬を積もうと、剣士として俺や美由希に勝つことはできないだろう。
 それでも、お前は俺との修業を続けるか?』

 その問に頷いてから、もう八年になる。

 技を叩き込まれ、剣を振り続け、鍛錬を繰り返して―――八年。

 先程までの不愉快さは忘れ、俺は過去に思いを馳せた。








 八年前、親父に恭にーたちを紹介されてから二週間が過ぎたある日の夕方のことだ。

 夕食を拵えている俺の耳に来客を告げるチャイムの音が届いた。

「しばらくお待ちくださーい!」

 調理中だった鍋の火を止めエプロンを外し、玄関に向けて駆け出す。

 現在家にいるのは俺一人。

 親父は帰って数日もしないうちにまた海外に出かけたし、藤ねえはまだ学校だ。

 玄関の扉を開くと、そこには二週間ぶりに見る恭にーと美由ねえがいた。

「久しぶりだな、士郎」
「恭也さん!!」

 驚きと喜びの混ざった声で、俺は二人を居間に招き入れる。

「今日はどうしたんですか?」
「少し切嗣さんに頼みがあって来たのだが……」
「すいません。爺さんは今海外に出掛けてて留守なんです」
「そう、なのか……」
「どうしよう、恭ちゃん……」

 親父の不在を知った恭にーと美由ねえは困ったように顔を見合わせる。

「なんなら用件だけでも聞いておきましょうか?」
「そうだな……士郎にも関係のあることだから話しておいたほうがいいか。
 頼みというのは俺と美由希をここに置いてもらえないかということだ」
「置いてもらう、ってもしかして居候するってことですか?」
「ぶっちゃけてしまえばそういうことだ。
 切嗣さんからはもしもの時はと言われていたのだが、まさか本人がいないとは予想外だった」
「それなら隣に住んでる雷画の爺さんの所に行けばなんとかなると思います。
 今から案内しましょうか?」
「ああ、頼む」

 二人の荷物を居間に残し、藤村組と書かれた看板の掛かったお隣さんを三人で訪問する。

 呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと門が開き三十半ばのひょろ長い強面の男性が人のいい笑みを浮かべながら現れた。

「おや、誰かと思えば衛宮の坊ちゃんじゃないですか。
 お嬢でしたらまだ学校ですぜ」
「いえ、今日は藤ねえじゃなくて雷画さんに用事が」
「組長に? そういや後ろの二人組は?」
「親父の知り合いです」

 怪訝な顔をした男はそう言うとどこか納得したように頷き、俺達に待つよう指示して奥へと姿を消した。

 一分ほどが過ぎて、男が再び顔を出す。

「ついてきてくだせえ」

 男に先導されて通された部屋には常人離れした威圧感を纏った一人の老人が座っていた。

 無言で礼をして、男は去っていく。

「よう、坊主。おまえが俺に用とは珍しいな」

 ドスの利いた声で言葉を発した目の前の老人は藤村 雷画。

 その視線の先は、恭にーに油断無く向けられていた。

「ま、立ち話もなんだ。とりあえず座れや」

 勧められるまま、俺たちは座布団に腰を下ろす。

「用事ってのはどうせそっちのお二人さんのことだろう。
 どう見ても堅気の人間じゃねえが……誰でえ、こいつらは?」
「爺さんの知り合いの……」
「高町 恭也といいます」
「高町 美由希です」

 俺の言葉を継いで二人は名乗り、ぺこりと頭を下げる。

「ほう、切嗣の知人たぁまた随分と珍しい。
 ひょっとしてこないだ大河のやつが騒いでおった切嗣の連れってのは……」
「多分恭也さんたちのことかと」

 警戒を微かに緩め、雷画の爺さんは興味深そうに美由ねえと恭にーを交互に見据える。

「それで、その切嗣の知り合いが何で俺んとこに来た?」
「それが……」

 居候の件を告げると、途端顔を険しくした彼は俺に退席するよう促す。

 初めて見る『本物』の迫力に気圧され、俺はカクカク頷いてその場を去った。

 だからその時の詳しいことは分からない。

 分かっているのは二人が雷画の爺さんに了承を取り付け、衛宮家に住むことになったという結果だけだ。

 その日、二人の家族が増えた食卓は……騒がしかった。

 追加の食材を慌てて買いに走ったり、雷画の爺さんが酒を持って訪ねてきたり、俺の料理を食べた藤ねえと美由ねえが前回同様互いに慰めるように肩を叩いてたり……。

 騒々しい夕食が終わったのは九時過ぎ、ごねる藤ねえを易々と担いだ雷画の爺さんは明日また来るよう二人に言い残して帰っていった。

 それを見送った俺は一通り片付けを済ませた後、縁側に出て食後の茶を楽しんでいる恭にーの所に向かい、彼の隣に腰を降ろす。

 恭にーと、目が合った。

 言わなきゃならないことがあった。

 そのための覚悟はもう出来ている。

 ゆっくりと、俺は話を切り出した。

「恭也さん。貴方に頼みたいことがあります」
「なんだ?」

 改まった俺の様子にか、恭にーは真剣な顔で言葉を待つ。

 それはこの二週間、片時も離れることなく俺の頭の中にあった願い。

「俺に、剣術を教えてください」








「どうしたのよ、急に考え込んで」

 キャスターの声に我に返り、回想を断ち切る。

「ちょっと昔のことを思い出してさ」
「昔?」
「美由ねえたちがここに居候するようになった日のことだよ」
「そういえばあの日だったよね、士郎が恭ちゃんに弟子入りしたのって。
 あの時は驚いたよ。だって夜中に恭ちゃんからいきなり士郎を鍛えるって言われたんだもん」

 美由ねえは懐かしそうに笑う。

「でもどうして今、そんな話をするの?」
「ただなんとなく強くなりたいで身体を鍛えていたのが、あの日から変わったなって思ってさ。
 恭にーの修業は容赦無かったけど、その分だけ確実に実力が上がっているのが実感できた」
「あはは、恭ちゃんってば私のときよりずっとハードなメニュー組んでたからね。
 男と女で体力や筋力に差があるのは当然だって分かってるんだけど、その時はちょっと士郎に嫉妬したっけ。
 足りない才能を補うために技の強化に重点を置いたメニューだったから、基礎体力が無いとどうしようもないっていうのはよく分かるんだけど」
「その上で身体が壊れないよう気を使ってくれてるんだから、本当にあの人は凄いよ」
「当然だよ。何と言っても私の自慢のお師匠様なんだから」

 そこで話を打ち切るように立ち上がり、美由ねえはキャスターを連れて居間に戻る。

 俺は汗に濡れた身体を洗うため一人別行動で風呂場でシャワーを浴び、制服に着替えてから二人と約十分ほど遅れて居間に向かった。

「あれ、キャスターは?」

 居間には美由ねえが新聞を読んでいる姿があるだけで、キャスターの気配はこの部屋からは感じられない。

「大河たちに紹介する必要がある以上、あの格好のままってわけにはいかないからね。
 だから私の着替えを渡して、今はその着替え。そろそろ帰ってくるんじゃないかな。
 あ、ついでに洗面所に布団持っていっておいたよ」
「助かる」

 その美由ねえの言葉からおよそ二分、着替えを終えたキャスターが居間に戻ってきた。

「待たせたかしら?」
「いや、そんなことはない」
「それじゃ三人揃ったことだし、早速作戦会議を始めよっか」

 新聞をたたんだ美由ねえがテーブルの上に筆記具を用意し、注意を集めるように手を叩く。

 キャスターが美由ねえの隣に座り、俺は彼女たちと向かい合うように腰を下ろした。

「さて、まず最初に決めなくちゃならないのは私達のこれからの方針。
 キャスター、貴女はどうするべきだと思う?」
「私の魔力が溜まっていない現段階では打って出るのは論外。
 戦争はまだ始まったばかりなのだから、序盤のうちは守りに徹するに限るわ。
 幸い士郎の魔力は一般人と大差ないから令呪さえ誤魔化してしまえばマスターだと露見する心配は殆ど無いもの。
 後は結界を張る際に魔力の漏洩に細心の注意を払っておけば、かなりの時間を稼げるはずよ」
「令呪を誤魔化すって具体的にどうするつもり?」
「包帯を巻いた上に私が隠蔽の魔術を施すわ。
 その為の魔力ぐらいは既に回復しているから安心してちょうだい」
「ならその辺のことに関してはキャスターに一任するよ。次は……」
「あのさ」

 とんとん拍子で進んでいく二人の会話に待ったを掛ける。

「なに、士郎?」
「守りに徹するってことは俺は学校を休まなくちゃいけないのか?」
「私はそこまでする必要は無いと思うけど……どうかな、キャスター?」
「そうね……」

 キャスターは少し考え、やがてゆっくりと頷いた。

「士郎がそうしたいと言うのなら私に止める資格はないわ。好きになさい。
 ただし学校の中にマスターがいる可能性もあるから、マスターだと勘付かれないように細心の注意を頼むわよ」
「要するに魔術は使うなってことか?」
「それだけじゃ駄目よ。なるべくいつもと変わらないように過ごすこと。
 あとは普段と様子の違う人間がいれば警戒しておいてちょうだい。念のためにね」
「了解。それで次に話すことは?」
「サーヴァントと戦闘になった場合のこと。
 キャスター、私たちにとって最も厄介な相手は?」
「相手の正体が分からない限り断定はできないけれど、クラスでならセイバー、ランサー、アーチャ―の三騎士にアサシンかしらね。
 高い対魔力を誇る三騎士は私にとって天敵とも言える相手。
 そしてアサシンの隠密性はマスターにとって最も警戒すべきもの。貴方達に気配探知の技があるからといって油断できる相手ではないわ。
 加えてサーヴァント全員に共通するのが物理攻撃が通用しないという点」
「物理攻撃が?」
「ええ。だから『強化』でもなんでもいいから魔術的な概念の篭った攻撃を使わなければサーヴァントにダメージを負わせることは出来ないのよ」
「それって私にとって限りなく不利だと思うんだけど……」

 そう、それではいくら剣技に優れていても魔術の扱えない美由ねえには対抗手段が無い。

「心配しなくても対策は考えてあるわ。美由希程の戦闘力が使えないなんてあまりに勿体無いもの」
「ってことはまたキャスター任せになるのか。悪いな」
「ふふ、貴方達にはその分だけしっかりと働いてもらうから覚悟してなさい」

 笑うキャスターに不吉な予感を隠しきれない。

「もっとも、美由希は霊体に通じる技術を持っているようだから、余計な御世話かもしれないけれどね」
「私のアレはそんなに多用できるものじゃないからそんなことないよ。
 もうこの話はおしまい、次はキャスターの設定を考えよう」
「設定?」
「ほぼ毎日朝晩この家に来る人間が二人いるから、彼女たちに対しての紹介。
 キャスターって名前は止めといたほうがいいと思うんだけど」
「何故かしら?」
「大河たちが他の誰かに新しい客人が来たって話したときにキャスターって名前が出るのはちょっとまずくない?」
「……まずいわね」
「そういうこと。だからここに来た理由と、ある程度の過去を作って……」

 レポート用紙にシャーペンを走らせて美由ねえは必要なことを羅列していく。

「名前、略歴、特技……程度かな。
 略歴は後継ぎのいない資産家の養女で、後継者になることを妬んだ分家の人間にメディが殺されそうになっていたところを切嗣さんに助けられたなんていうのはどう?」
「滅茶苦茶嘘臭いけど親父の場合有り得そうだと藤ねえなら納得しそうだな。
 それにそれなら家に来たのだってお礼を言いに来たって理由もできる。
 俺は結構いいと思うけど、どうだキャスター?」
「悪くは無いわ」
「なら決定。細かい設定は私が適当に作るよ。
 次に特技だけど、キャスター、何かある?」
「……思いつかないわね」
「じゃ特技は無し、と。
 最後に名前だけど……メディっていうのはどうかな?」

 美由ねえの提案にキャスターの頬がピクッと引き攣る。

「貴女ね……そんな名前、真名を殆ど明かしてるようなものじゃない」
「だからこそだよ、キャスター……ううん、メディ。
 サーヴァントだとばれた時、敵が貴女を見て、この名前を聞いてどう考えると思う?
 もし私が敵ならそんな情報は信用しない。フェイクだと判断して可能性の一つには入れておくけれど他の候補が出てきた場合はそちらの方を有力視するんじゃないかな」
「……成る程ね。分かったわ、その名前でいきましょう」

 数秒考えて結論が出たのか、メディは首を縦に振った。

「ってことだから、士郎も次からメディを呼ぶときは気をつけてね」
「分かったキャス……じゃなかった、メディ」

 うっかりとキャスターと呼びそうになるので、慣れるまではかなり気を使わないといけないな。

「……よっし完成。これ、今のうちに覚えておいて」

 無造作にペンを机の上に放り捨てた美由ねえは、話した内容をより具体化させたデータをメディに渡すとうんっ、と伸びをしてテレビの電源をつけた。

「あ、メディが覚えたら次は士郎の番だから。
 それまで士郎は朝食の支度でもしてて」
「了解」

 厨房に立ち、桜が来ればすぐに調理ができるよう用意していく。

 朝の鍛錬の時間を作戦会議に回したため、比較的時間に余裕はある。

 ……普段と違い『神速』を使った模擬戦だったからいつも以上に疲れてるけど。

 試合前に仕込をしておいた食材を本格的に調理しはじめた俺はメディの声に強制的に作業を中断させられる。

「士郎、覚え終わったわよ」
「はいよ」

 居間に戻り、少々機嫌の悪そうなメディから受け取った紙に目を通す。



 名前:綺堂 メディ

 略歴:孤児院にいたメディは八歳の時に人生の転機を迎える。
     日本でも有数の資産家、綺堂家の養女として引き取られることになったのだ。
     環境が変わり最初のうちは戸惑っていたメディだったが次第に慣れていき、綺堂家の後継者として相応しい振る舞いを身に付けていった。
     当主は彼女を後継者にと考えていることを態度から感じ取っていた分家の人間は綺堂の血筋でないメディが家を継ぐなどあってはならぬと彼女の排除するため暗躍をはじめる。
     メディには常時二人の護衛が付いていたが、分家の人間と結託した犯罪組織の襲撃を受け、二人はメディを庇い死亡、メディもまた命を落とそうとしていた。
     その時海外を放浪していた衛宮切嗣が颯爽と登場、数で圧倒していた連中を完膚なきまでに叩きのめした。
     切嗣は彼女を家まで送り、当主に事の次第を報告。
     怒り狂った当主が首謀者と思しき分家の連中を中心に大規模な粛清を行った。
     もっともその時には既に切嗣は屋敷を去っており、そのことを知る由は無かったが。
     そして数年後現当主が亡くなり後を継いだメディは名前だけしか知らない衛宮切嗣という男をその組織力をもって探させ、冬木市にて発見。
     しかし彼が既に故人であるという事実はメディをひどく落ち込ませたが、ならばせめて墓前に感謝だけでも伝えたいと思い衛宮家を訪れた。

 特技:はかりごと



「……つっこみたい所は山程あるけど、そもそもなんで物語調なんだ?」

 呟くように言った俺の独り言に美由ねえは律儀に答えを返す。

「その方が覚えやすいと思って」
「確かに覚えやすいけどさ、いくらなんでもこりゃ滅茶苦茶だろ。
 なんつーか……グダグダ?
 それに特技がはかりごとって……」

 そりゃこんなことを書かれたらメディも不機嫌になるだろうさ。

「思わず筆がノッちゃって、書き直すのも面倒だったからこのままでいいやって」
「美由ねえ……」

 我が義姉ながら相変わらず本音と嘘との区別が付かない人だ。

 綺堂って名前は恭にーが昔の話をしてくれた時に聞いた覚えがあるし、それとなんらかの関係があるとは思うのだが……。

「メディはいいのか、これで?」
「いいわよ、今更考え直すなんて面倒極まりないもの」
「メディがいいっていうなら反対する理由は無いけど……。
 ああもう、じゃあこの設定で藤ねえたちには説明するぞ」
「うん、でも必要以上の事は教えないように」
「分かってるさ」

 紙を美由ねえに返し、再び厨房へと戻ろうとした俺をメディが呼び止めた。

「今から令呪を隠すから包帯を取ってきてちょうだい」
「了解。包丁使ってるとどうしても目立つからな、これは」

 言いながら部屋の隅に常備してある救急箱の中からガーゼと包帯を取り出し、ガーゼをテープで固定し包帯を両手に巻きつける。

「これでよし、っと。それじゃ頼む」
「任せなさい」

 こちらに聞き取れない小さな声でメディは呪文らしきものを唱える。

「終わったわよ」
「早いな……、もっと時間が掛かるもんだと思ってたんだけど」

 唱え終えたと同時に告げられた言葉にまじまじと自らの手を見つめる。

「ふふ、私を誰だと思ってるの?」

 自身に満ちた笑みでメディに、俺は改めて彼女が魔術師の英霊なのだと実感した。

「士郎、桜ちゃんが来たよ」
「分かった」

 美由ねえに言われて数秒後俺も桜の気配を見つけ、手を止めて玄関で桜を迎える。

 掌の包帯に関しては鍛錬の途中で怪我をしたとでも言えばいいだろう。

「お邪魔します」
「よっ、桜。おはよう」
「おはようございます、先輩」

 桜を連れて居間に戻ると、二人は視線だけこちらに向けた。

 メディは一瞬驚いた顔を見せたもののすぐにそれを隠し、眼を細めて桜を見つめる。

「おはようございます美由希さん……と、あれ、えと、どなたですか?」

 メディに不審な目を向ける桜に美由ねえが紹介する。

「切嗣さんの知人。昨日の晩に訪ねてきたんだ」
「はじめまして。綺堂メディよ」

 名乗るメディの声は少し硬い。

 何かあったのだろうか?

「はぁ……メディさんですか。はじめまして、間桐桜です」

 そんな俺の疑問を気にする風も無く、桜はぺこりと頭を下げて挨拶する。

「詳しいことは大河が来てから話すよ。
 だから桜ちゃん。質問したいことは色々あると思うけど、今は士郎の手伝いをお願いできるかな」
「美由ねえもこう言ってるし、行こうか、桜」
「あ、はい、分かりました」

 台所に入って調理を続けようとすると、桜は手に巻かれた包帯に気付いたらしい。

「先輩っ、その手……」
「これか? 今朝美由ねえと鍛錬してた時にちょっと怪我してな。
 手当はしたしそんな酷い傷でもないから料理するくらいなら大丈夫だ」
「駄目です。今日は私に任せてゆっくりしててください」
「むぅ……」

 視線をぶつけること数秒、騙しているという後ろめたさもあって先に折れたのは俺の方だった。

「そこまで言うなら今日は桜に任せる」
「はいっ、任されちゃいます!」

 桜なら下拵えしたものを見れば何を作るつもりだったのかも分かってくれるだろう。

 幸い昨日の買出しのお陰で三人プラス猛獣一匹、そこに一人加えても食材は充分。

 拳を握って豊かな胸を張り力強く頷く桜に後を任せ、何なら適当に一品加えてもいいぞと言い残して少し赤くなった顔を隠すように俺はそそくさと居間に戻った。

 ぼんやりとニュースを眺めながら、桜の質問に答えたり美由ねえやメディと雑談したりして時間を過ごす。

 そんなまったりとした時間を崩したのはパタパタという騒々しい足音。件の猛獣が居間に勢いよく飛び込んできた。

「しろ〜、ごはん〜」
「今桜が作ってるから大人しく待ってろ」
「う〜、そんなぁ」

 唸りながらごろごろと転がリ出す我が義姉。

 見慣れている俺たちはからすれば日常の光景だが、それを初めて見るメディは珍獣を見るような眼で藤ねえを眺めていた。

「美由希さん。そろそろ食器の用意、お願いできますか?」
「はーい」

 立ち上がろうとした俺を桜は余計なことはしないで下さいと眼で制する。

 テーブルに人数分の食器といくつかの大皿が並べられ、朝食の準備が整った。

 全員が食卓についたのを確認して、

「それじゃ、いただきます」
「「「「いただきます」」」」

 パンッと手を打ち合わせて音頭を取り、いつもとちょっとだけ違う朝食が始まった。

「メディさんって箸の扱い、上手なんですね」

 食事が始まって数分後、桜の何気ない一言にメディの手元に眼を向ける。

 彼女の小さな手は、西洋人には馴染みの無い筈の箸を正しく扱っていた。

 その様子を眺めていた藤ねえはしばらく一人ころころ表情を変えること数回、

「……、……って、なんか一人増えてるーーーーー!!」

 俺の些細な驚きに重ねるように藤ねえの絶叫が食卓に響き渡った。

 ―――――今まで気付いてなかったのか?

 まさかとは思う一方、藤ねえならありえると納得できるから不思議だ。

「落ち着いてよ、大河」
「これが落ち着いていられるかーーーーーっ!!」
「大河、落ち着こう……」
「……うん」

 流石は年長者。藤ねえは蛇に睨まれた蛙の如くすぐさま大人しくなった。

「ちょうどいいからこの機会に彼女のことを紹介しておくよ。
 彼女は綺堂メディ。昨日の晩、切嗣さんを訪ねてきたんだ」
「へえ、切嗣さんのねぇ」

 ここぞとばかりに打ち合わせ通りの紹介をはじめる美由ねえ。

 恭にー達の例があるからか、冷静さを取り戻した藤ねえはたいした疑問も無く信じたようだ。

「それで本題なんだけど、メディ、しばらくここで居候させてもらえないかな。
 あ、一応ちゃんと士郎の許可は取ってあるから」
「う〜ん、ならいいんじゃない。
 美由希さんがいる以上、メディさんを襲うような真似、士郎にできるとは思えないし」

 変な方面で信用されているのは喜ぶべきや否や。

 いざとなれば美由ねえが実力行使で阻止すると思っているんだろうけど、悪い藤ねえ、残念なことに美由ねえも共犯だ。

 とはいえこれで藤ねえの許可は得た。

 桜はいまいち納得しきれていない様子だったが、口を挟む様子は無い。

 そして新たに発生した問題は……。

「ねね、メディさんってさ、切嗣さんとどういう関係だったの?」

 野次馬根性を丸出しにしてメディに顔を寄せている藤ねえだ。

「何を期待しているのかは知らないけれど、私は切嗣に助けられたから、ただそのお礼を言いたかっただけよ」
「助けられた?」
「あ〜、その辺はあんまり聞かない方がいいよ。食事中に聞いて楽しい話でもないから」
「む〜……」

 不満そうに虎は唸っていたが、美由ねえとメディのにやりと歪められた口元に不穏な気配を本能で感じ取ったのか、それ以上追及することは無かった。

「そ、そうだね。じゃあさじゃあさ、メディさんから見て切嗣さんってどんな人だった?」
「別に、ただの恩人。それ以上でも以下でもないわ」
「ふ〜ん、そっかそっか、そうなんだ」

 あっさりとしたメディの答え。

 それに藤ねえはどこか嬉しそうに笑って改めて御飯をかき込みはじめた。

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 それ以降は特に荒れることなく朝食は終わり、各自で食器を流しに持っていく。

 ここでも俺は桜に手伝いを拒否され、手持ち無沙汰のまま座っていた。

 片付けの終わった桜が居間でしばらく寛いだ頃を見計らい藤ねえが腰を浮かす。

「じゃあ私と桜ちゃんは朝練があるからそろそろ行くね。
 士郎は今日はどうするの?」
「う〜ん、そうだな……」

 結論は決まっているが、わざと悩む振りをして答えを告げる。

「俺はもうちょっとしてから行くよ。
 だから桜、大変だと思うけど藤ねえのこと、頼む」
「……はい」

 少し寂しそうに頷いて、桜は準備をしますと言って居間を出て行った。

「それじゃいってきます。
 士郎、遅刻しちゃ駄目だかんね」
「分かってるよ。いってらっしゃい」

 二人を玄関まで見送った俺は居間に戻るとやりきったという達成感に大きな溜息をついた。

「はぁ〜。意外となんとかなるもんだな」
「そうだね〜」
「というより設定決めたの、あまり意味が無かったのではなくて?」
「そうでもないって。これから訊かれる可能性だって十分あるんだから」

 藤ねえに居候を認めさせることが出来たからか俺達の表情は明るい。

「じゃ、俺も準備してくる」
「ん。あ、念のため鋼糸くらいは用意しときなよ。何が起こるか分からないんだから」
「はいはい」

 言うまでも無いと、頷きを返す。

 生憎俺は危険があると判っていながら丸腰でいられるほどの余裕はない。

 最低限見つかりにくい暗器数点は持っていくべきだ。

 居間を後にし自室に入った俺は、この部屋にある数少ない調度品、学習机の引出しを開ける。

 引き出しの中に入っている物は予備の定規やシャープペンシルの針、コンパスといった普段持ち歩かない勉強道具と、その下に隠すように納められている飛針や鋼糸、短刀のような、とても一般人には見せられない物騒な品の数々。

 そこから鋼糸を三本、飛針十本を制服の内ポケットに隠し、鋼糸と鞘付きの短刀をそれぞれズボンの左右のポケットに一本ずつ入れて引出しを閉じ、それから本日の授業に必要な教科書、ノートの類と鞄に放り込んで部屋を出た。

 かさばるものではないが万一でもバレる訳にはいかないので、最終確認を兼ねて洗面所で鏡に映る自身の姿が普段と相違無いことを確認する。

 よし、問題なし。

 居間に行って弁当を鞄に詰め、靴を履いてガラガラと玄関の戸を開く。

「じゃ、いってきます」
「「いってらしゃい」」

 二人の声に送られて家を後にする。

 門を出て、見上げた空は灰色。

 未知数の敵、知ってしまった不安定な状況。

 学校には美由ねえもメディもいない。

 有事の際に頼りになるのは、今まで鍛え続けた自分の力だけ。

 藤ねえ、桜、三枝、一成、美綴、慎二、蒔寺、氷室。

 次々と浮かび上がる、親しい人達の顔。

 日常と非日常の境界の危うさの中、変わらぬ平穏を感じさせてくれる彼女達。

「ああ。なにがあっても全力で護り抜いてやるさ」

 ―――たとえ、この身がどうなろうと。

 弱気を振り払うように呟いた言霊はただ虚空へと消え去るのみ。

 もとより、誰に向けて言ったつもりもない。

 これは自分なりの、気持ちの整理ってやつだ、

 覚悟は、決まった。

 パンッと頬を叩き気合を入れ直し、決意を新たに学校へと歩き出した。








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 一ヶ月ほど間を空けての更新。ペースが遅くてすいません。
 なんというか展開がぐだぐだになりつつあると自分自身で思ってしまう現状。
 本格的に聖杯戦争をはじめてこののんびりペースからの脱却を目指したい。
 さて、今回もまた説明不足、誤字脱字がおそらく山のよーにあるでしょう。
 気付いた方、ここの説明はもっと詳しくすべきと思われた方は指摘していただければ幸いです。