美由希が大学を卒業するのを待ち、俺と美由希は正式に香港国際警防隊に入隊することにした。

 実力主義の香港警防からすれば御神の剣士二人という戦力はかなり魅力的だったのだろう。

 加えて、大学時代からいくつかの事件解決に協力した事もあったため、俺達の入隊はあっさりと許可され、美沙斗さんが隊長を務める部隊に配属される事が決まった。


Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作

理想の意味、剣の意志


サブプロローグside Kyouya



 それから数年後、成人まであと僅かとなり翠屋二代目店長の座が確実になった妹、なのはの様子でも見に一度高町家に帰ろうかなどと考えていたある日のこと、俺と美由希は美沙斗さんから呼び出しを受けた。

 隊長室の扉を数回ノックし、返事が返ってくるのを待って入室する。

「失礼します」
「悪いな、急に呼び出したりして」
「何かあったんですか?」
「あったから呼んだに決まっているだろう」

 いや、それは娘の顔が見たいからって過去何度も呼び出した人がいう台詞じゃないと思うのだが。

「そうだな、まずはこれを読んでもらえるか」

 俺の反応を無視するように差し出されたのはレポート用紙の束。

 気を引き締めてざっと目を通すと、記されていたのはある集団行方不明事件の報告だった。

 内容を要約すれば、欧州の古代遺跡に派遣された考古学の発掘隊80名が消息を絶ち、続いて彼等の捜索に当たった治安部隊200名も音信不通になったという事件である。

 連絡が途絶える直前に遺跡の奥にある洞窟に向かうと報告した記録が残されていたことが、二つの事件における共通点であり、手掛かり。

 この報告から判断するに、遺跡には何者かが潜んでいると考えるのが妥当だろう。

 一人として帰ってきていないことから相手は個人よりも集団と予測され、凶悪犯罪集団の可能性も考慮し香港警防に報告したのだそうだ。

 そして残りの用紙には行方不明者の名前が連なっている。

「恭ちゃん、私にも見せて」

 美由希にレポートを渡し、俺は美沙斗さんに向き直る。

 美沙斗さんは美由希が一通り読み終わる頃合を見計らって口を開いた。

「この事件、どう思う?」
「考古学者だけならともかく、治安部隊まで全滅したというのは不自然ですね」
「やはり君もそう感じるか」
「ええ。どれだけ無能な指揮官でも、連絡と補助には数十人の人手を割かざるを得ないはずです。
 そんな彼等の足取りさえ掴めないというのはどうにも解せません」
「ああ、私もその点がどうにも納得できなくてな。
 そこで二人にはこの遺跡の調査を依頼したいのだ」
「レポートを見せられたときから、なんとなく察しはついてましたが。
 依頼内容は理解しました。ですが何故俺と美由希の二人だけなんですか?」
「間の悪いことに、うちの部署の実力者の大半が別件で出払っていてな。
 実力の無い者を引き連れて彼らの二の舞になるわけにもいくまい。
 つまりだな、他に適任者がいなかったのだ。
 とはいえ流石に二人だけに任せるつもりは無い。私も同行するつもりだ」
「えっ、母さんも来るんだ」

 美由希が驚きつつも嬉しそうに笑う。

 俺としても彼女の同行の申し出は正直とてもありがたい。

「分かりました。それで出発はいつですか?」
「できるだけ急いで向かいたいが、二人はまだ何の準備もしてないんだろう。
 それくらいの時間は取ってやるさ。
 三十分後に荷物を持ってこの場に集合ということで構わないか?」
「それだけあれば十分です。行くぞ、美由希」
「あっ。待ってよ、恭ちゃん」
 
 美由希を促して退室する。

「美由希」
「なに?」
「もしお前が先に準備が終わったら部屋の前で待っててくれ」
「ん、分かった。恭ちゃんもね」
「ああ」

 そう言って俺達は別れ、各々の準備に取り掛かった。

 自室に戻った俺は、ジャケットに仕込んだ武器の確認を済ませ、鋼糸や飛針、予備の小太刀の一つ一つに異常がないかを点検し、それらを鞄の中に詰め込みひとまずの準備を終える。

 鞄を背負い部屋を出ると、ちょうど美由希がこちらに走ってくるのが見えた。

「恭ちゃん、待った?」
「いや、俺も今終わったところだ」
「それならいいんだけど。それじゃ行こっか」

 その後隊長室で美沙斗さんと合流し、三人でヘリに乗り込み件の遺跡へと移動を開始した。





 翌朝、遺跡に着いた俺達は早速調査を開始する。

 遺跡を巡り歩くこと数時間、人間の気配は全く感じ取れない。

 調査隊が住み込んでいたと思しき小屋を見つけたが、中から出てきたのはいくつかの史料くらいで、手掛かりになるようなものは何一つとして見つからなかった。

 ヘリに積んできた保存食を降ろして簡単に昼食を取り、これからの方針を決める。

 その結果、昼からは洞窟に潜るということで話が纏まった。

 一通りの荷物を背負い洞窟に向かうと、不意に奇妙な感覚が身体を襲った。

 御神の剣士として確固たる自我を持っていたが故に気付けたその違和感。

 あまりに自然に意識に浸透し、洞窟に引き込もうとする強迫観念。

「なるほどな。こんなものが相手では生存者がいないのも頷ける」
「どうしますか?」

 明らかにこれは敵の仕掛けた罠。

 そんな場所に何の対策も練らずに突入するのは危険過ぎる。

 けれど敵が何者かも分からない以上、進む以外に方法が無いのもまた事実。

「私が先行しよう」
「いえ、ここは俺に行かせて下さい」
「恭ちゃんが行くなら私も行くよ」
「駄目だ……と言っても聞かんのだろう。
 誰かに似て、お前は、お前達は頑固者だからな」

 呆れたように美沙斗さんは俺たちを見据える。

「すいません。もし俺達に万一のことがあったら高町の家を頼みます」
「不吉な事を言うな馬鹿者。必ず生きて帰って来るんだ」
「そうですね。なのはの成人式も見ないといけませんし」

 今までの危機とは異なる未知の能力を持つ敵に、彼女も不安なのだろう。

 だからこそあえて軽く笑い、俺は美沙斗さんに背を向けて洞窟に歩を進めた。

「母さん、またね」
「ああ……死ぬんじゃないよ」
「うん」

 親娘の別れの言葉と美由希の足音を背後に感じながら、俺は慎重に洞窟の入り口を潜った。







 懐中電灯の明かりだけが光源の洞窟の中、美由希と二人で奥へ奥へと進んでいく。

 警戒した罠は無く、ただ渇いた靴音だけが虚しく響き渡る。

 どれだけの時間歩いただろう。

 湿った空気の中にうっすらと血の匂いが混ざったのを感じて、俺達は即座にその方向に駆け出した。

「ねぇ、恭ちゃん……あれって……」

 美由希が何かを見つけたのか、震える声で指を差す。

 立ち止まって指の示す先に目を向けると、血に塗れた一本の腕が無造作に転がっていた。

 その根元は獣に無理矢理引き千切られたかのような有様で、所々の肉が痛々しく吹き飛んでいて、まさしく食べ残しといった表現がしっくりくる惨状だ。

 地面を濡らす渇いた紅い水は、河のように奥へと続いている。

「……これは……酷いな」

 血の河に沿って歩きながら、あまりの凄惨さに僅かに顔を顰める。

 仕事柄人を殺めたことがあるとはいえ、これはあまりに酷すぎる。

 そのまましばらく進むと、いつの間にか河は途切れ、代わりに洞窟に似つかわしくない重厚な扉が存在しており、それを守護するかのように幾つもの石像が佇んでいた。

「何故こんな場所に扉が?」
「この石像、扉に近付いたら動き出したりしないよね」
「本の読み過ぎだ、阿呆」
「うぅ〜、いくらなんでもその返しはひどいと思うな。
 だって現に忍さんの家のセキュリティにもそれっぽいのがあったじゃない」

 面白半分で忍が開発した玩具を相手させられた大学生活の一幕が甦る。

「アレを普通と考えること自体が間違ってる」
「まあ、それはそうだけどさ」

 他愛の無い話をしながら、しかし決して気は緩めず扉に接近していく。

 ある程度の距離まで近付いた時、重い物が動く音と共に軽い地揺れが起こった。

 瞬間、洞窟を満たす溢れんばかりの殺気と気配。

「まさか……嘘だろ……」
「私も冗談半分で言ったつもりだったんだけど……」

 背負った荷物を無造作に地面に放り捨て、相手の動向に気を配りながら美由希は苦笑する。

 そして、一歩。

 その一歩を踏み出すと同時に、四方より襲い掛かる石の群れ。

 先程の腕も血液もこいつらの仕業なのだろうか。

「数は約五十体、個々の動きは単純だ。一分で殲滅するぞ」
「了解!」

 これより先、言葉は不要。

 余計な思考は切り捨て、俺と美由希は敵中に疾駆する。

 無機物故に怯む事の知らない石像に牽制の飛針は通用しない。

 必然的に内側にダメージを与える『徹』をメインに据えた戦い方を余儀なくされ、結局全滅させるのに三分以上も掛かってしまった。

 石像を粉砕した俺達は、荷物を担ぎ直し目前の扉をゆっくりと開く。

 扉の中の空間は洞窟とは思えないほど人工的な光に満ち溢れており、時折見たことも無い機械が電子的な駆動音を鳴らす。

「なんだ……ここは?」

 眼前に広がる光景に思わず声を漏れた。

 美由希も物珍しそうに周囲をきょろきょろと見渡している。

 そんな時、乱立する機材の影から小さな足音が届いた。

 御神の剣士が二人いて気配に気付けなかっかのだから、相手は間違いなく相当な実力者。

  余裕はもはや微塵も無い。

 小太刀を握り直し、足音の主の到着を待つ。

「ようこそ、我が工房へ」

 大袈裟な手振りと宣告と共に現れたのは、白衣を着た一人の女。

 右手には機械仕掛けらしき杖が握られており、一見隙だらけのようで欠片の隙も見つからない。

 女は理知的な輝きを宿した瞳に俺達を映し、抑揚の無い口調で語り出す。

「ふむ、ゴーレムを破った手並みは鮮やかだったと賞賛しよう。
 時空管理局の者かと一時は懸念したものだがね。
 見たところ君達は魔力も無ければデバイスも保持してない様子だ。
 ならば管理局員でもなければ魔導士ということもあるまい。
 いや、ようやく研究が興に乗ってきたというのに無粋な邪魔をされては堪らんからな。
 君達のように対処しやすそうな相手で助かったよ」

 一人長々と喋り終えると、くくっ、と昏い笑いを漏らしながら細い身体を殺気で満たす。

 こちらに質問させる時間も荷物を下ろす時間も与えるつもりはなさそうだ。

「正直、聞きたい事は山ほどある……が、素直に話すつもりは無いんだろう」
「当たり前だ、聞きたいなら私を捕らえてみせろ。できるものならばな」

 両手を広げ、どこからでも打ち込んで来いとばかりに挑発的な笑みを浮かべる。

 どうする?

 あからさまな誘い、どこかに必ず罠があるはずだ。

 とはいえ、こちらから仕掛けないことには状況は変化しまい。

 軽く、けれど必殺の意を篭めて飛針を投じる。

 投擲された飛針は、相手に当たる直前に見えない壁に激突したかのように弾き飛ばされた。

「流石にこれだけ分かりやすい挑発には乗せられんか」

 女はこの結果が当然と言わんばかりに改めて杖を構える。

 刹那、剣士として培った直感が最大限の警鐘を鳴らす。

 身体は自然と反応し、背後に向けて右の小太刀を一閃。

 いつの間にか後方に現れていた女の杖と小太刀がぶつかる冷たい音が響き、その反動に任せて跳躍する。

 女はその一撃で勝負を決するつもりだったのだろう。

 杖を振り抜いたまま動きを止めた相手の隙を美由希が見逃すはずもなく、刺突の構えから一気に間合いを詰め、渾身の一撃を放つ。

「――――――ほう」

 その溜息のような小さな声を合図として、突如として女の雰囲気が変わった。

 不可視の盾で本来ならば回避不能の突きを防御し、カウンターに杖を振り上げる。

「っあぅ……」

 咄嗟に鞘で受け止めたものの衝撃までは殺しきれず、微かな呻き声と共に美由希は俺の方へと弾き飛ばされる。

「……危険だな」
「何?」

 短い言葉から滲む女の不穏な気配に反射的に問い返す。

「所詮は魔力も持たぬ非力な剣士だと侮っていたが、その認識は改めさせてもらうよ。
 その速さは正直脅威だ。
 魔力の少なき身とはいえ、君らがデバイスを手に入れれば私とて危険かもしれん。
 ならば後々の憂いを絶つためにも、君達はここで速やかに排除しておかねばなるまい」
「そう簡単には殺されんぞ」
「だろうな。だが、これを見ても同じ事が言えるかな?」

 女の背後に十、二十と浮遊し増殖していく光球。

 翼の展開も無いためHGSではないことは確かだが、どういう仕組みで浮かび上がっているのかも分からない以上、一斉に射出された時に防ぎきれるかどうかは半ば賭けになるだろう。

 幸い相手はこちらの攻撃が通用しないと慢心しているらしく、防御に力を注ぐつもりはないようだ。

 ならば、まだ準備が終わらない今が最大にして最後の好機。



 ――――――御神流 奥儀之歩法 『神速』――――――



 視界がモノクロに変わり、空気すら重たく感じる世界を疾走する。

 先手を取らんと瞬く間に距離を詰め、放つは己が最も信頼する技。



 ――――――御神流 奥義之六 『薙旋――――――



 神速の抜刀から繰り出す四連撃。

 初撃、二撃と不可視の防御に阻まれるが、確実に削りつつある。

 三撃目、障壁に亀裂が入り砕け散る音が響く。

 女は表情を驚愕に染め、焦燥も露に光球に命令を送ろうとする……が、遅い。

 神速の世界では僅かな動きさえスローモーションに感じられる。

 放たれる四撃目、それは今まさに合図を告げようとした女の杖を握った右腕を鮮やかに両断した。

 光球が幻のように消えていく。

 苦痛に顔を歪めながら、女は憎悪の篭った眼差しで俺を睨みつける。


 ――――――それでいい。


 女の背後から音を殺して疾駆する影。俺に注意を向ければ美由希の存在を悟られる可能性はかなり低い。

 接近した美由希が意識を刈り取らんと首筋に小太刀を振り落とす。

 直前になって気付いた女は残った左腕を盾に身体を庇う。

 骨を砕く鈍い音が響く。

 女は痛みで幾許かの冷静さを取り戻したらしく、躊躇無く機材の影に身を潜めた。
 
「よくもやってくれたな、と言いたいところだが……生憎もうそんな余力も残っておらん。
 言葉ではああ言っても、最後の最後まで私は君達を侮ったままだった。
 その結果がこのザマとは、私も随分と落ちぶれたものだな」

 気配は読めないが移動を繰り返しているらしく、どこからともなく自嘲を含んだ声が聞こえてくる。

「これでは両腕は使い物にならん。実験もしばらくは滞る……か。
 管理局以外ならばあの程度のセキュリティで十分だろうと考えていた自分自身が情けない。
 魔法対策に躍起になって、物理攻撃に対する守りを怠っていた自身の甘さかね」
「随分と弱気だな。投降する気にでもなったか」
「それこそ有り得んな。
 君達は知らないだろうが、私にとっては半生を費やしてここまで辿り着いた研究だ。
 そう易々と手放せるほど軽いものではないさ」
「ならば、どうする?」
「確かに私に君達を殺すことは難しいだろう。
 だがここは仮にも私の工房だぞ、何の防衛機構も組み込んでいないと思っているのか?」

 周囲の機械から発せられる作動音、操作する音が不規則に空間内に反響する。

「美由希、あの女が何処にいるか分かるか?」
「ううん、完全に気配を消してるみたい」

 殺気は無いとはいえ油断はできない。

 いっそ機械を破壊すべきかとも思ったが、下手に誤作動して惨事になっては目も当てられない。

 そんなことを思っていると、徐々に部屋を淡い光が覆い始め――――――

「まさか何の抵抗も無いとは些か予想外ではあるが……まあ、いい。
 それでは剣士達よ、良き旅を。……ただし、還れるという保証はしないがな」

 ――――――その光に包み込まれる前に、俺は咄嗟に美由希の手を掴んだ。

 不吉なことを告げる女の声を最後に、急速に遠ざかっていく意識。

 そして次に目覚めた時、俺達は見知らぬ森の奥に倒れ伏していた。






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 とらハサイド(美由希END後ご都合主義から十年くらい)のプロローグ。
 独自設定、独自解釈とにかく多数あり。
 登場した女魔導士は設定の都合上、登場させたオリキャラです。
 後々の展開に絡んでくることは無いと思います…………多分、おそらくは。