「いや、ほんと……なんでさ?」
理想剣×DuelSaviorクロスSS
反逆の剣握る正義の味方
Chapter1-2
開いた扉の向こう側は、とてもファンタジーでした……いやまあ、魔術なんてものにどっぷり嵌ってる俺が言えたセリフじゃないだろうけど。
思わず足を止めてきょろきょろと視線を彷徨わせ、周りと観察してしまう。
時は既に黄昏時を迎えていたのか、窓から見える空は見事に染まった茜色。
穂群原の何倍もありそうな西洋風の広い廊下には、ローブや軽鎧を身に着け、銃刀法など知らぬと当たり前のように真剣や杖を携えた俺と同年代の人間がちらほらと。
階段付近に本を持った石像が置かれていて――ちなみに薪は背負ってない――壁には等間隔に燭台が掛けられているが、その蝋燭の火が妙に気に掛かる。
医務室でも電子機器の類を見なかったし、ここには電気という文化が無いのか、それとも何か理由があって使っていないだけなのか。
日本語が通じるので一縷の希望を持っていたのだが、こんな光景を見ちゃここが日本じゃないことはほぼ確定。現代日本の生活に慣れた身からすると、後者であることを祈るばかりだ。
そんなことを考えていると、歩みを止めて振り返ったリリィが呆れたような眼で俺に詰め寄ってきた。
「ちょっと。何ボサッと突っ立ってんのよ?」
「あ、悪い。あまりに予想外な光景だったから、珍しくってさ」
「そうなの? でも見るなら後でもいいでしょ。
ほら、さっさとついて来なさい。はぐれても知らないわよ」
「はぐれるかよ、こんな見通しのいい場所で」
返事をしつつ、踵を返して先に進み出したリリィに引き離されないように足を動かす。
やがて目的地に到着したのか、リリィはやけに重そうな扉の前に立つと、二、三度深呼吸をしてからコンコンと軽くノックした。
「誰ですか?」
「リリィです。急ぎ報告したいことが」
「入りなさい」
許可を得てリリィと共に開いた扉を潜ると、部屋の中には直立の姿勢で俺達を出迎える、赤に近い桃色髪の妙齢の女性が一人。
その自然な立ち振る舞いに隙は無く、剣士としての勘が俺に若干の警戒心を抱かせる。
「何用かしら、と訊くまでもないですね。
隣の彼が、報告の対象なのでしょう?」
「その通りです。士郎、自己紹介」
「はじめまして、衛宮士郎と言います」
アーチャ―並の経験があれば皮肉気な笑みを浮かべて慇懃な挨拶を返すといった余裕を見せられたのかもしれないが、交渉事が経験不足な俺じゃ内心を悟られないよう仏頂面を維持するのが精一杯。
催促するように肘で脇腹を軽くつつかれた俺は、言われるままに名乗りながら軽く頭を下げた。
「私がこの王立フローリア学園の学園長、ミュリエル・シアフィールドです。はじめまして。
それで、本日はどのような用件でここに?」
シアフィールド、ということは、学園長はリリィの縁者なのだろうか?
その疑問を訊ねるより早く、リリィが手短に報告を口にした。
「この男が召喚器に選ばれました」
「―――なんですって?」
リリィの言葉を聞いた途端、すっと、学園長の眼が鋭さを増す。
「それは、真ですか?」
「はい。先程私が確認を取りました」
「見せてもらっても?」
疑問の形を取っているものの、否定を許さぬその口調はもはや命令に近い。
頷きを返し、真名を告げると同時に顕現する無骨な長剣。
真贋を見定めるべく俺の手に握られたトレイターをしばらく凝視していた学園長だったが、やがて疲れたように溜息を吐いた。
「どうやら本物のようですね。しかしまさか、男性が召喚器に選ばれるなど……」
また……か。
男が召喚器を呼び出したことに驚愕する人間が、リリィに続いてこれで二人目。それも、リリィより遥かに情報が集まる、学園長という地位にいる人間が、だ。
トレイターを消し、確認を篭めて学園長に訊ねる。
「過去に男が召喚器を召喚した事例は無かったんですか?」
「ええ、その通りです。この長いアヴァターの歴史の中で召喚器に選ばれたのは皆女性。
男性が選ばれたという記録は一つとして残っていません」
「アヴァター?」
「……まずそこから説明しなければなりませんか。
此処は、貴方のいた『世界』とは異なる世界、アヴァター。
無限にある多次元世界全ての生産と破壊の均衡を司り、それによって生じた結果が全次元世界の運命に影響を与えることから、アヴァターは通称『根の世界』と呼ばれています。
おそらく貴方は幾多ある多次元世界の何処かから、何者かの手によってこの地に召喚されたのでしょう」
淡々とした学園長の説明のあまりにも突拍子もない内容に暫く呆気に取られていた俺だったが、その意味を脳が理解していくにつれ、自分の顔が強張っていくのがわかる。
大源の差、文化の違い、召喚器の存在。
荒唐無稽な話だと言うのに、探せば探すほど否定する要素が減っていく。
何らかの目的で俺を騙そうとしている可能性も考えてみたが、それならもっとまともな嘘を吐くだろうし、態々こんな立派な施設を用意したりはしないだろう。
――――――だったら、納得は出来ずとも受け入れるしかないか。
此処は俺の知る世界とは全く別物であると。
――――――なら俺は、もう二度と大切な人達に会うことができない……?
「誰の仕業か? 何故俺なのか?
訊きたいことは色々あるけど、そんな理由に関しての答えは後で良い。
俺がアヴァターに召喚された今、俺と元の世界との間の繋がりはどうなっている?」
湧き起こる怒りや不安が表情に出ないよう注意しながら、元の世界との唯一の繋がりを示す令呪を拠り所に表面だけは冷静を装って。
静かに学園長を睨み据え、俺は礼儀を捨ててそう問い詰めた。
「繋がり、ですか。
何を指しての質問か、具体的に教えてもらっても?」
脅しのつもりで向けた殺気を飄々と受け流しながら顔色一つ変えずに質問を返す学園長に、俺は言葉が足りなかったかと説明を付け加える。
「魔術的な契約関係のことだ。俺を依り代としていた霊体が、俺の消えた世界でどうなっているのか。それが知りたい」
「あくまで推測になりますが、おそらく貴方が心配するようなことは起こっていないでしょう。
先程も述べたように、此処は根の世界。次元世界の中心であるが故に、最も他の世界に影響を与えやすい世界なのです。
貴方の召喚元の世界の座標さえ特定できれば帰還時にこちらで時間軸を指定することが可能ですから、貴方のいた世界に対して『貴方が存在しなかった時間』を認識させないように送還することで、召喚される直前、要は契約が維持されたままの状態で帰還できるかと思いますが、如何でしょうか?」
流石は異世界というべきか、向こうではほぼ『魔法』に近いであろう事柄を、さも容易いことのように言ってのける学園長。
余計な先入観に囚われないためにも、俺の持つ生半可な魔術の知識はあまり当てにしない方がよさそうだ。
「できるのか、そんなこと?」
「今すぐには無理ですが、時間を頂ければ必ずや」
「どのくらい掛かる?」
「それは貴方の話を聞かないことには答えることはできません。
貴方が召喚された時の状況を教えてもらえますか?」
「状況と言ってもな。買い出しに出かけた商店街で、透明なハードカバーの本を拾ったと思ったら妙な声が聞こえて、気付いた時には見知らぬ森の中。
正直、俺の方が訳わかんねえよ」
吐き捨てるような俺の言葉の中に、学園長にとって聞き流せない内容があったのか。
俺が召喚器を呼び出したと知った時とは比較にならない威圧感を放つ学園長に、黙って話の成り行きを見守っていたリリィが気圧されたように一歩後退りする。
過去の旅や聖杯戦争の経験が無ければ俺もリリィみたいな反応をしていたのだろうが、幸いなことに慣れがあった俺は表面上平静を装うことができた。
「透明? 赤でも白ではなく?」
「どう見ても無色以外には見えなかったな。
何か関係があるのか、本の色なんて?」
やけに具体的な色を指定して問い掛けた学園長の意図を読もうと、俺は彼女の真剣な光を放つ髪と同色の瞳を視線に力を篭めて見返す。
「ええ。結論から先に申し上げますと、一日二日程度では貴方を送還できそうもありません」
「なんでさ?」
「本来、多次元世界から救世主候補としての資質を持つ人間を選定し、彼女らを呼び出すのは『赤の書』の役目。
貴方が『赤の書』に呼ばれていたのであれば、座標を割り出すだけで帰還の目処が立ったのですが、貴方を召喚したのは我々にとって未知の書。故に、貴方を送還するためにはその書の捜索から始めなければなりません。
ですが、未知というのはそれだけ手掛かりが無いということ。我々も全力を尽くしますが、発見に掛かる時間は予測不可能です」
深刻そうな学園長の様子が、見つかる可能性の低さを言葉以上に伝えてくれる。
目の前が真っ暗になる錯覚に襲われながらも、俺は縋るように問い返さずにはいられなかった。
「じゃあ俺は、もう元の世界に帰れないのか?」
よっぽど悲愴な顔をしていたのか、学園長は俺を安心させるようにふっと表情を和らげる。
口元には優しげな微笑。先程までの威圧感は既に霧消していた。
「帰れますよ、きっと。
我々の手で帰す、と約束できないのが情けないところですが。
貴方には未知の書との縁がある。逆に言えば、書に縁があるのは貴方しかいないのよ。
遠からず、貴方は再び未知の書と出会うでしょう。書の意思が、貴方の選択を求めるために」
まるで預言のような内容には確信が篭められていて。
全て信じたわけじゃないけれど、それでも心は少し軽くなった気がした。
「ありがとうございます。お陰で、ちょっとは落ち着きました。
すいません、取り乱してしまって」
「構いませんよ。急に異世界に召喚されて、混乱しない方がおかしいのです。
元の世界に大切な人がいて、帰れないとなったら尚更ね」
「そう言ってもらえると助かります」
皆と会えなくなった寂しさは勿論ある。
永遠に再会できないかもしれないって不安も消えたわけじゃない。
だけど、再会の可能性がゼロじゃないなら。
俺は幾ら時間を費やそうと手段を探し出して、必ず皆の元へ帰ってみせる。
随分遅い帰宅になるかもしれないけれど。
待っていてくれ、とは思わない。
召喚の直前に時間を調節できるというのなら、当たり前にある「おかえり」を望むのは、俺一人だけで十分だから。
この胸に刻んだ新たな誓い。
覚悟も決意も、九年前に御神の剣を取ると決めた時に固めていたのだから、今更だ。
――――――じゃあ、そろそろ歩き出そうか。
――――――ただいまを伝えるための、この旅路を。
テスト前にも関わらずの更新。
早くアヴァターでの日常パートまで進みたい。
次でようやく救世主の説明……はぁ、先は遠い。
ではまた次回の更新でお会いしましょう。
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