それは本来存在し得ぬ歴史。
反逆の剣の担い手となったのは神秘とは無縁の兄妹の片割れではなく、その身の裡に異界を宿した魔術使い。
その歪んだ流れの先に待つのは、果たして如何なる未来なのか。
理想剣×DuelSaviorクロスSS
反逆の剣握る正義の味方
Chapter1-1
微かに首を動かしてみても、薄気味悪いまでの純白の景観が一面に広がるばかり。
自分の居場所すら掴めないまま、俺はただ漫然とこの白い世界を漂っていた。
物寂しい世界の中、唐突に眼前の空間が陽炎のように歪む。
「たすけて……」
ともすれば耳の錯覚かと思いそうな程に、小さく擦れた声。
歪んだ空間の奥に、輪郭のぼやけた人の姿が現れる。
髪の長さや背格好から判断するに、おそらくはイリヤと同い年くらいの少女だろう。
他に何も見えない以上、先程の救いを求める声は彼女のものである可能性が極めて高い。
少女に手を伸ばそうとして、言葉を返そうとして、俺は己の身体がまるで金縛りにあったかのように自由に動かないことに気付いた。
理由を問おうと動かそうとした口も、差し伸べようと試みた両の腕も、どれほど力を篭めようともまるで言うことを聞いてくれない。
――――――くそっ。眼と鼻の先に助けを必要としている少女がいるというのに……。
自身の無力さを痛感しながら、俺はそれでもなんとか身体を動かそうと必死に足掻く。
少女はそんな俺の態度を気に掛けた風もなく……単に構っている余裕が無いせいかもしれないが、ただ願いだけを告げた。
「助けてあげて、彼女達を。
それができるのは、貴方しかいないから」
どうして俺なんだ? 彼女達っていうのは誰なんだ? そして君は……?
次々と湧き出る疑問、けれどそれに答える声は既に無い。
徐々に意識が霞んでいく。
―――――そこで、目が覚めた。
「夢……だったのか?」
現実味の無い、奇妙な夢。
だというのに、あの少女の言葉が頭にこびりついて離れない。
知らない天井を眺めながらぼんやりとした頭で思考を巡らすが、解など出るはずもなく。
袋小路に入り込む前に考えることを放棄した俺は、ギシリとベッドを軋ませてゆっくりと上体を起こすと、首を動かして周辺の様子を観察する。
蛍光灯が無いことや古風な造りの部屋に多少の違和感を覚えるが、身体に掛けられた清潔な白いシーツや雑多に置かれた薬品から推測するに、ここはどこかの医務室だろうか。
「気が付いたみたいね。
まったく、あの程度の敵、私一人でも余裕だったのに。
勝手に戦闘に首を突っ込んだ挙句死にかけてるんじゃ世話無いわよ」
間近から、悪態を吐きながらも何処か安堵したような声が届く。
その方向に首を捻ると、すぐ側の椅子に腰掛けていた赤い髪の少女、リリィと眼が合った。
「ここは……?」
「ここはフローリア学園の医務室よ」
「フローリア学園?」
聞き覚えの無い学校名に首を傾げて記憶を辿る。
該当件数0件、間違いなく俺の記憶に無い学校だ。
リリィにとってこの俺の反応は予想通りだったのか、彼女はさして驚く様子も無く小さく溜息を吐いた。
「やっぱり初耳みたいね」
「やっぱりって、どういう……?」
「心配しなくてもその辺の説明は後でちゃんとしてあげる。
それよりアンタ、体の方は大丈夫なの?」
そう言われて、先の戦闘を思い返す。
掌を開閉、軽く腕を回してみても特にこれといった異常は見つからない。
リリィに聞かれぬよう呟くような小声で「解析開始」と自身の内部に解析を走らせる。
驚いたことに、あれだけ荒れ狂っていた暴走の残滓も、限界以上の力を引き出した反動も、何処にもありはしなかった。
「ああ、自分でも不思議なくらい回復してる。
俺、何時間くらい寝てた?」
「大体三時間ってところかしら」
「三時間か……。思っていたより随分と短いな」
呟きながら、俺は改めて自分が今置かれている状況を整理する。
セイバーが近くにいない以上、魔力を流さず鞘の加護が発動したとは考え難い。
多少はあったとしても、それでも三時間やそこらで完治するほどの効果は期待できないだろう。
原因として思い浮かぶのは一振りの無骨な剣、『トレイター』
剣を呼び出した瞬間の、身体の痛みが引いていく奇妙な感覚。
あれは、何だったのか。
……いや、どうやって回復したのかなんて考えるのは後でいい。
情報を集めないことには正しい結論なんて導けるはずが無いんだから。
まず俺が把握すべきは事の経緯と自身の置かれている正確な境遇。
幸いなことに、それを訊ねられる人間は今目の前にいる。
「リリィがここまで運んでくれたのか?」
「それ以外に誰がいるってのよ。
まあ、私一人じゃ流石に無理だったから何人かの手を借りることにはなったけど」
それはそうだ。男子高校生の平均体重程の俺を女の子一人、それもリリィのような細腕で運ぶのは重労働以外の何物でもないだろう。
もっとも、それを理由に森の中に置き去りにされていたら、俺は今も森を彷徨いながら行く当てもなく途方に暮れるしか無かったわけだから、彼女には感謝しないと。
「そっか、ありがとな」
礼を言う俺に、リリィは照れているのか微かに赤くなった顔で早口に捲し立てる。
「別に礼を言われる筋合いはないわよ。
あのまま放置しておくのは後味が悪いって思ったのは確かだけど、私には私なりの理由があって運ばざるをえなかったんだから。
……っていうか、何でアンタ、私の名前を普通に呼んでるのよ?
アンタに名乗った覚えなんて無いんだけど?」
本当に覚えていないのだろう。訝しげな表情で問い掛けるリリィに、俺は思い出させるように答えた。
「幻想種と戦ってる時に名乗ってたじゃないか。救世主がどうとか言いながらさ」
「言ったっけ、そんなこと?」
「言った。現に俺はリリィ・シアフィールドって名前を知ってるんだから、否定はできないだろ」
「う……まあ、そうかも。なら!」
「何だ?」
「私にアンタの名前、教えなさい」
「いいぞ。俺は衛宮士郎。姓が衛宮で名前が士郎だ。リリィの好きに呼んでくれて構わない」
「そ。だったら士郎って呼ばせてもらうわ。
ねえ、士郎。アンタ、あの時の剣、今も呼べる?」
確認するように、表情を僅かに硬くしたリリィが俺に問い掛ける。
彼女の言う剣とはまず間違いなくトレイターのことだろう。
ただ、俺自身あの時の出来事は未だ半信半疑。だから再びトレイタ―が召喚に応じてくれると断言することはできない。
「さて、どうだろうな。それについては俺にもわからん。
折角だ。ここで試してみるか」
確証が持てないなら、実際にもう一度召喚してみればいいだけの話だ。
眼を閉じて彼の剣の姿を思い起こしながら、手を伸ばしその真名を告げる。
「来てくれ、トレイター」
声に呼応して、掲げた手のやや上方に収束を始める膨大な魔力の塊。
徐々にそれは長剣という形を成し、やがて明確にその姿を象ると、さもそこに在ることが自然であるかのように俺の掌に納まった。
――――――しかし、本当にとんでもないな。
トレイターの最大の特性である変形能力は、変形した武器の適切な使用法を持ち主の身体に理解させることが可能で、その際のタイムラグはコンマ一秒にも満たない。
今握っている西洋風の長剣など、殆ど扱ったことのない得物にも関わらず恐ろしいくらい手に馴染んでいることから、どうやら担い手レベルとはいかないまでも、どの武器も一流程度には使えるようになるらしい。
打ち合いになればその僅かな変形の時間が致命的な隙になりかねないが、その欠点を補って余りある程、近接戦闘においてこの能力は魅力的だ。
多彩な武器による手数の攻めもさることながら、最大のメリットはやはり間合いの計り難さだろう。
ナックルかと思えば剣に変わり、剣かと思えば槍になる武器なんて相手は予想もしていないだろうから、初見ではまず間合いを読み外す。
それはつまり、格上相手にも攻めに転じる機会を作りやすいということだ。
武器としてこれだけでも十分なのだが、トレイターは神秘の面でも大きな加護を与えてくれる。
己の許容量を遥かに上回る魔力供給による魔術強化以上の身体能力の向上と高ランクの対魔力の付与、加えて自然治癒能力を高める効果まであるとくれば、近接武器としての使い勝手の良さは並の概念武装とは比較にならない。
「見間違いじゃ、なかったわけね……」
しげしげとトレイタ―を観察していた俺の耳に、リリィの呆然とした声が届く。
彼女は眼を見開き、青い顔でトレイターを凝視していた。
「この剣のこと、何か知ってるのか?」
「知っているわ……でも、改めて見ても信じられない。
男が召喚器に選ばれるなんて前代未聞よ」
「召喚器? そういやトレイターから流れ込んできた情報の中にそんな名前があったような……」
「召喚器っていうのは救世主候補として選ばれた人間だけが扱うことのできる専用の武器のこと。
その性能については、実際に使った士郎自身がよくわかってると思うけど?」
「まあな。伝承に記される聖剣魔剣と比しても遜色ないよ、こいつは」
むしろ魔力を消費しない分、威力は劣るにせよ投影した贋作より使い勝手という面ではこちらの方がずっと扱いやすい。
内心そう付け加えながら、用件も済んだのでトレイターが消えるよう意識すると、すぅっとその姿が霞み、やがて完全に見えなくなる。
それと同時に受けていた恩恵が無くなったことから、どうやら召喚している間だけしか召喚器の効果は発揮されないようだ。
「ま、何はともあれ、とりあえずこれで召喚は確認できたわけか。
リリィが言ってた理由ってのはトレイターのことだろ。
この場合俺はどうなるんだ?」
「そうね……。士郎、今の状況、全然把握できてないでしょ?」
頷く。
まさしくそれが、俺が今一番訊きたいことなのだ。
「なら私が勝手に事情を説明するより、お義母様……ここの最高責任者に会ってもらうべきかしら。
アンタが動けるようならすぐにでも連れていくけど、どう? 動ける?」
「おう、特に問題は無さそうだ」
答えながら、ご丁寧にベッドの下に揃えられていた運動靴を履いて、んっ、と軽く伸びをする。
寝起き特有の気だるさはあるものの、この程度なら行動する分には何の支障も無いだろう。
「さ、じゃあ案内を頼む」
「待って。その前に、これ、アンタのじゃない?」
そう言ってリリィが彼女の傍にあった籠の中から取り出したのは、俺が森の中に脱ぎ捨てたまま回収できなかった黒のコート。
「ああ、俺のだ。態々拾ってくれたのか」
「見つけたのは偶々だけどね」
言葉と共に、土や葉っぱが掃われ綺麗に折りたたまれたコートが手渡される。
礼を言いながら受け取ったそれを左腕に掛けた俺は、無言のまま背を向けて歩き出したリリィに続いて医務室を後にした。
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