聖杯戦争が終わりを告げてからおよそ一年、あの繰り返される四日間が閉じてから約一月半が過ぎた。

 高校生最後の期末テストを翌日に控えた日曜日。

 同居人のほとんどがテスト勉強やアルバイトで出払っている中、俺は居間で遠坂に勉強を教えてもらっていた。

 彼女の教え方は丁寧で、質問する毎に睡眠学習では理解しきれなかった疑問が次々と氷解していく。

「アンタね、ちゃんと教師の話くらいは聞いときなさいよ」
「し、仕方ないだろ。今学期は色々あったんだから」
「だからってサボっていい理由にはならないでしょうが。
 というかアンタテストの度にいっつもそれ言ってない?」

 遠坂は指先でシャーペンを弄びながら呆れたように嘆息する。

 条件的には遠坂も同じはずなのだが、これが優等生と一般生徒との差なのだろうか。

 時刻は三時過ぎ、小休止を挟もうという遠坂の提案によって俺はお茶を取りに席を立った。

 冷蔵庫を開きお茶請けになるような物を探すが、これといってめぼしい物は見つからない。

 というか、ほぼ空といっても過言じゃない状態だ。

「……遠坂、買い出し行ってきてもいいか?」
「はぁ?ちょっと、勉強はどうするのよ?」
「帰ってきたらってことで頼む。冷蔵庫の中身がマジでピンチなんだ」

 俺の言葉に何か不吉なものでも感じたのか、遠坂が立ち上がって冷蔵庫の中を覗き込む。

「……分かったわ、行ってらっしゃい」

 頭痛を堪えるように顔を顰めてから仕方なさそうに許可を出す遠坂。

 財布を持ってコートを羽織った俺は、土蔵から引っ張り出してきた自転車一号を漕ぎ出した。

 坂を下り、交差点を曲がり、商店街に辿り着く。

 駐輪場に自転車を止め、商店街を周って特売がないかを探す。

 同居人が増えたことによる消費量があまりに多いので、エンゲル係数を少しでも抑えるためにも安くて品質の良い物を効率よく集めていかないといけない。

 特売品を買い漁っていると、主婦達で活気付いた商店街にあって尚響き渡るけたたましい音が聞こえてきた。

 音の発信源を探すと、どうやら恰幅のいい本屋の店主のおじさんが在庫の箱をひっくり返したようだ。

「大丈夫ですか? 手伝いますよ」
「おお、士郎君か。悪いね」

 起き上がろうとしている店主に駆け寄り、手を差し伸べる。

 店主を立たせると、俺は買い物袋を地面に置いて散らばった本をせっせと集めていく。

 拾い集めては箱の中に詰め込んでいくという作業を繰り返しているうち、分厚い一冊の透明な表紙をしたハードカバー本を見つけた。

「これは……?」

 本を手に取ろうと、俺は吸い寄せられるように腕を伸ばす。

「おかしいな、こんな本を注文した覚えはないぞ。
 こんな珍しい色をした表紙の本なんて、注文してればまず忘れるはずがないんだが」

 店主が首を捻るのを視界の片隅に、俺は本を拾い上げる。

『……ニ―……ツァ……ホ……シェ……ト……』

 拾い上げた瞬間、妙な声が微かに聞こえた気がした。

 明らかにこの場にいる店主の声とは異なる、聞き慣れない女性の声。

 声の主を探して視線を彷徨わせるが、それらしい人間は見当たらない。

「おじさん。今の声、聞こえました?」
「声、というと?」

 店主の反応を見るに、どうやら声は俺にしか聞こえなかったらしい。

 どういうことだ、と思考に耽っていると、不意に本のページの合間から眩い光が溢れ出し、光はしだいに俺の身体を包み込んでいく。

「くっ……身体が……」

 慌てて本から手を離そうとして、身体が石化したように動かないことに気付き愕然とする。

 成す術も無いまま、俺はその膨大な魔力の奔流によって意識を刈り取られた。


理想剣×DuelSaviorクロスSS


反逆の剣握る正義の味方

プロローグ


「どこだ……ここ?」

 意識を取り戻した俺は目の前に広がる光景に、思わずそんな間の抜けた声を漏らした。

 見渡す限りの木、木、木。

「ここって森……だよなぁ、どう見ても。
 さっきまで商店街にいた筈なんだが、アインツベルンの森にでも迷い込んだか?」

 自分で言っておきながら全く信憑性のない言葉に苦笑が浮かぶ。

 違いは、空を見れば明らかだった。

 雲一つ無い青空。

 アインツベルンの灰色の空とは比べ物にならない澄み渡った空を見上げて……。

「ってちょっと待て!? 夕方なのに青空っておかしいだろ!?」

 西に傾いていたはずの太陽がやけに高い。

 しかもコートを着てると暑く感じるほどのこの気温は、春の初めというより夏のものだ。

「一体何がどうなってんだか……」

 訳の判らないままコートを脱いでいると、物凄い勢いでこちらに迫る殺気を感じ取った。

 慌ててコートを近くの木に放り、その反対側の木に身を隠す。

 現れたのは、赤い髪をオレンジのリボンで纏めた少女。

 制服にマントといった格好の少女は静かに戦意を高め、詠唱を始める。

「ここなら、誰もいないわよね……」

 こちらが不安になるようなことを呟きを聞き取った次の瞬間、彼女を追ってきたであろう幻想種と思しき異形の群れが姿を見せた。

 二足歩行するトカゲ。剣だけを持った緑が五体と剣と楯を持つ赤が二体。

 加えて青・紫色のスライムが十五体に剣を持った大小の骸骨が十体。

 先程感じた殺気の主はおそらくこのモンスターたち。

 大型の魔獣がいないとはいえ、いくらなんでも一人でこの数を相手にするのは無謀というものだ。

 どういう状況なのかは理解できないが―――やるべきことは目の前にある。

 少女を助ける。

 考えることは今はそれだけで十分だ。

 投影を使おうと魔術回路のスイッチをオンにしようとして……寸前で思い止まった。

 少女が魔術師だと仮定すると下手な魔術行使は彼女の注意を逸らしかねない。

 流石に彼女を危険に晒すような賭けに出る気にはなれず、機を見て敵から剣を奪い取ることに決めた。

 そのタイミングは少女の魔術解放の直後、呼吸を整えその時を待つ。

 モンスターの大群に向けて少女が駆け出す。

「そこっ!ヴォルデカノン!!」

 少女の手から巨大な雷が放たれ、五匹のスライムをまとめて葬り去った。

 数本の木が薙ぎ倒され、倒れた衝撃が砂埃を舞い上げる。

 ――――――今だ。

 木陰から飛び出し、気配を頼りに最も近くにいた俺と同程度の大きさの骸骨に接近する。

 こちらに気付く様子の無い骸骨に拳と蹴りのラッシュを浴びせ、崩れる骸骨の手から双剣を奪い、近くのモンスターを二体駆け抜けざまに斬り伏せる。

 そのまま一直線に少女の気配の元へ。

 彼女の側まで辿り着いた時、既に土埃はほとんど晴れていた。

「新手!? 最大火力、フォル……」
「いや待て待て待て、俺は敵じゃない!」

 それでもまだ視界が悪かったらしく俺に攻撃しようとする少女を静止する。

 てか最大火力って……さっきの雷見る限り、こんな至近距離でそんなヤバイもん喰らったら確実に死ぬっての。

「誰よ、アンタ?」
「聞きたいことはこっちも山程あるが、今はそれよりもあっちの処理のが先だろ?」
「……そうね。でもここは私一人で十分よ。
 アンタは下がってのんびり見学でもしてなさい」
「そうはいくかよ。俺だって戦うさ」
「へぇ、だったらそこらへんのスライムでも片付けといてくれる?」

 …………明らかに俺を邪魔者扱いしてやがるな、こいつ。

「分かったよ。終わったらそっちの手伝いに行ってやっから、せめてそれくらいの時間は持ち堪えてくれよ」
「誰に言ってるのかしら?
 この救世主クラス首席、リリィ・シアフィールドをなめるんじゃないわよ!」

 駆け出したのは、同時。

 リリィという名前らしい少女は詠唱しながらモンスターの中で最も手強そうな赤トカゲに向かう。

 そして俺はスライムと骸骨を相手に奪った剣を振るう。

「遅い……」

 スライムを斬り捨て骸骨を砕き、予想以上の脆さに拍子抜けする。

 ――――この程度か? 呆気ない。

 骸骨とスライムを容易く全滅させた俺は急いでリリィの援護に向かう。

 駆けつけた俺が見たのは、緑トカゲに火炎魔術を浴びせている彼女の姿だった。

「待たせたな」
「……ちっ」

 こちらを一瞥して舌打ちを一つ、そしてまた敵に向き直り詠唱を始める。

 流石にちょっとカチンとくるな、この扱いは。

「バカスカ撃って俺まで巻き込むんじゃねえぞ」
「極力注意してあげるわ」

 嫌味のつもりでいった言葉に真面目な顔で返される。

「なんか敵より味方の方が怖いんだが……」

 ぼやきながら、敵陣に斬り込む。

 赤トカゲは厄介、先に緑から片付けるか。
 
 唐竹に振り下ろされる剣を右の剣で弾き―――――

 ―――――刀身がぽっきりと折れてしまった。

「ちょっ、なんだよこの粗悪品!?」

 跳び退りながら思わず叫ぶ。

 嫌な予感がしつつも左の剣を投擲、鱗に弾かれてダメージを受けた様子は無い。

 ……しまった、せめて強化してから使えよ、俺。

 後悔しても既に遅い、無手のまま敵の斬撃を回避し続ける。

「下がって!アークディル!!」

 リリィの魔術が解放されたのを感じ、即座に退避。冷気を帯びた風が頬を掠める。

「ハッ、ざまあないわね」
「うっせ、奪った剣があんなナマクラなんて予想できるかよ」

 リリィの嘲笑に負け惜しみにしか聴こえないセリフを返す。

「けど、助かった。ありがとう」
「礼なんて別にいいわよ。
 それでどうすんの? アンタの武器、無くなっちゃったけど」

 少し顔を赤くしてそっぽを向いたリリィに微笑ましいものを感じながらそうだなぁと思案する。

 『徹』を使っても、徒手空拳で相手をするにはトカゲの鱗の硬さは少々荷が重い。

 ―――――使うか、投影。

 他の魔術師の前では使うなと言われていたが、緊急事態だしきっと彼女達も大目に見てくれるだろう。

 脳裏にある魔術回路のイメージ、そのうち二本の撃鉄を落とす。

投影 トレース 開始オン

 もはや使い慣れた自己暗示の呪文を呟き、大気中の大源マナを取り入れ、小源オドに変換しようと魔術回路を回転させる。

 ――――――瞬間。

ぎっ――――!?」

 回路の中を膨大な魔力が荒れ狂い、身体を内側から貫かれたような痛みに襲われた。

 それは、あまりにも懐かしい痛み。

 スイッチの存在を知らなかった以前、回路を一から生成しようとして失敗した時の痛み。

 久しく忘れていた、失敗の感覚。

 痛みに耐え切れず、膝の力が抜けて身体が倒れる。

「ちょっとアンタ、急にどうしたのよ!?」

 リリィの混乱した声も、遠い。

「俺……より……敵……」

 敵の接近を警告しようとして、舌が上手く回らないことに焦る。

「何言って……きゃっ!」

 俺を心配して敵への警戒が散漫になっていたリリィに赤トカゲが体当たりをかます。

 あらかじめ張られた魔術障壁によってダメージは軽減されたようだが衝撃までは殺しきれず、リリィが後方に吹き飛ばされた。

 残されたのは動けない俺と、剣を振り下ろす赤トカゲ。

 この距離では彼女の詠唱に期待したところで間に合うはずもない。

 ――――――死ぬのか、俺は?

 敵を舐めて掛かったつもりはないが、心の何処かで無意識のうちに油断していたんだろう。

 英霊と対峙して生き延びた俺が、こんな奴らに殺されるはずがないと。

 そして、その力の伴わない慢心の結果がこのザマとは。

「くっ、ははは……」

 笑うしかない、あまりにも愚かな自分自身を。

 諦めを持って見つめるそれは、既に目前となっていた。

 諦めている?

 生きることを、あの地獄で生き残った俺が?

 ――――――ふざけるな。

 俺は生き延びないといけない。

 あの家に残してきた彼女達のためにも、あの地獄に焼かれた彼らのためにも。

 そして何より、俺自身のためにも。

 たった一度失敗した程度で諦めるならば、俺はここにいる資格は無い。

 まだ理想の欠片にすら届いていないというのに、この程度の敵相手に殺されてたまるかってんだ。

 打開策を探す。

 身体が動かない以上、回避は不可能。

 ならばどうする?

 もう一度投影しようにも、魔術回路の暴走は収まっていない。

 まだだ、まだ他になにか手があるはずだ。

 探せ、探せ、探せ――――――!!

 彼女達にもう一度会うためにも、己の理想を叶えるためにも、無様に地を這いまわってでも生き残る術を見出せ。

 右手に残る最後の令呪が、俺が背負っているのは既に俺一人だけの命じゃないと教えてくれる。

 俺が死んだら、依り代を失った彼女も消えてしまう。

 現界してようやく幸福を手に入れた彼女が、それではあまりに救われないじゃないか。

 ――――――だから、俺は、絶対に死ぬわけにはいかないんだ……。


『我が名を、呼べ』

 決意を固めた俺の脳裏に、何の前触れもなく誰かの声が届く。

 周りの景色から色彩という概念が抜け落ち、現実との境界が曖昧になる。

『その手に、我を呼べ。
 されば我は汝が一部となり、汝の力とならん』

 時間が停止したような錯覚の中、再度頭に響く低い男の声。

 理性は知らぬ。本能も知らぬ。だとしても心は理解していた。

 この声の主が俺に力を貸してくれようとしていることを。

 余分な思考を挟む必要は無い。ただ、べ。

 この状況を打破する手段を得たが故に、身体が歓喜に震える。

 いつの間にか暴走による全身の痛みは消えていた。

 少し首を動かせば涙を浮かべて必死に呪文を詠唱しているリリィの姿が見える。

 ――――――ごめんな、泣かせちまって……。

 だけど、もう大丈夫だ。だから……。

 俺は声を張り上げ、知らぬうちに頭に浮かんだその単語を叫ぶ。

「来いっ、トレイターーー!!」

 俺の絶叫と同時、手に現れる確かな質量。

 それが何かということを確認するまでもなく、身体を跳ね上げ目前の敵に向けて薙ぎ払った。

 鈍い音を立て、赤トカゲの剣が粉々に砕け散る。

『然り……我が名はトレイター。
 御身の前に立ち塞がる者全てを貫くものなり』

 脳裏に響く厳かな声でその真名を宣言するトレイター。

 俺は改めて自らの手元を見下した。

 そこに握られていたのは、一振りの無骨な長剣。 

 いや、その表現は正しくない。この武器は剣にして剣にあらず。

 武器という概念ではとてもじゃないが括ることなんて出来やしない反則級の代物。

 剣を手にした瞬間、身体中の痛みが薄れ、荒れ狂った魔術回路が治まった。

 そして今なお供給されている自身の許容量を遥かに上回る魔力。

 俺の解析を通さないほどの神秘を内包した、宝具とも異なる力の結晶。

 けれど奇妙なことに、初めて扱う武器でありながら俺はこの剣の扱い方を使い慣れた得物のようによく っていた。 

 『トレイター』

 様々な武器へと『変形』し、それを十分に使いこなすことを可能にする技術を使用者に与える能力を持つ召喚器なる礼装。

 とはいえ先程の痛みも響いてか、ハンマーや棍のような慣れない武器で戦うには不安が残る。

 だから俺はトレイターを慣れ親しんだ二刀の形へと変え、身体に染みついた構えを取った。

 武器のレパートリーは後々増やしていけばいい。

 別に通常形態の一刀のままでもよかったのだが、二刀の方が戦いやすい。

 敵を見据え―――踏み込む。

 今までの俺の攻撃とは比べ物にならない速さ、重さ。

 強化を施したところで、『神速』無しでこれほどの力を引き出すことは出来まい。 

 考えるより先に、身体が動く。

「っらぁっ!」

 気合一閃、『貫』の一撃が相手のガードをすり抜け敵を砕く。

 そのまま足を止めず次のトカゲに向かい、結局三秒とかからず敵は全滅することに成功した。

 あまりに呆気ない幕切れ。

 ついさっきまで死に掛けていたのが嘘のようだ。

「まあ、生き延びれてたから良かったんだけどさ」

 トレイターを長剣の形に戻し、礼を言う。

「ありがとな、助けてくれて」

 それにトレイターは僅かに輝きを放ち応える。

『それは主の思い、その一部に我が共感したが故』
「共感……か」
 
 トレイターが意味深な台詞を残し、ゆっくりと姿を消していく。

 すると今まで抑えていた痛みが一斉に襲い掛かり、それに耐え切れず俺は意識を手放した。




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 当真大河ではなく士郎がトレイターを呼び出したらというストーリー。
 独自解釈、オリジナル設定てんこ盛りになっております。
 あ、未亜は出しますよ。DuelSaviorキャラの中で一番好きっすから。