理想剣×DuelSaviorクロスSS


反逆の剣握る正義の味方

Chapter1-5


 己自身も含めて全てがスローで進むモノクロの世界の中、士郎は改めて召喚器の持つ底知れなさを感じていた。



――――――御神流 奥義之歩法『神速』――――――



 色彩感覚を代償に、脳のリミッターを自由にかつ一瞬で外す御神の秘奥。

 この奥義は自身の限界を超えるというその性質上、拡大された知覚範囲の処理と強化された運動能力を駆使するために、使用者の脳、肉体共に凄まじい負荷が掛かる。

 そして、その負荷に耐えられなかった御神の剣士に待っているのは身の破滅。

 身体の一部が機能しなくなる程度ならば御の字。精神がやられることも、最悪には死ぬことすら有り得るのだ。

 だが、どうやら召喚器の加護による影響は肉体面のみならず脳の処理能力にまで及ぶらしい。

 アヴァターに召喚される以前より随分と軽くなった負荷に、これなら長時間に渡る『神速』の連続使用や自滅せずの二段掛けも可能かもしれないな、なんて考えが士郎の脳裏に過ぎった。

 無論、過ぎっただけで伴うリスクは十分に承知しているし、今の状態でも魔術強化をしての『神速』二段掛け並の速度があるので、生死を分けるような本当に窮地に立たされる時まで実行するつもりはないが。

 疾走から刹那のうちに間合いを詰めた士郎は、突如目の前から相手が消失したことに混乱し隙だらけのリリィへと容赦無く斬撃――それも御神流最大威力を誇る奥義を浴びせる。

「疾ッ!」



――――――御神流 奥義之四『雷徹』――――――



 基礎の第二段階である衝撃浸透の技法『徹』を二重に重ねるこの奥義は、人体くらいならばいとも容易く壊しうるだけの破壊力がある。

 直撃すればたとえ救世主候補だろうと傷を負うであろう攻撃だが、士郎はこれで試合が終わると楽観的には思っていなかった。

 その予想は外れず、『雷徹』はリリィが展開する魔術障壁を破砕したものの、勢いの大半を殺されリリィ本人へのダメージは軽い。

 リリィを守る物が無い今が好機と、素早く引き戻された二刀より放たれるは必倒の意が篭められた七の剣閃。

「召喚器を呼び出したばかりの奴なんかに、負けるわけにはいかないのよっ!!」

 障壁が砕かれたことによって我を取り戻したリリィは、そんな士郎の追撃に対して再度魔術障壁を構築しながら自身を鼓舞するように吼え、彼女にとって過去最速の展開速度でもって障壁を張り直す。

 ギリギリのタイミングで展開が間に合い、小太刀と激突する五芒星の障壁。

 リリィは障壁に余程魔力を注ぎ込んでいるのか、彼女の防御は先程以上に堅牢鉄壁。

 追撃の斬撃悉くが意味を成さず、二発目の『雷徹』を使うも突破出来る様子がないことを感じた士郎は、防御に専念したリリィを崩すのは難しいと『神速』を解除し離脱することを選んだ。

 一足で詰められる距離を保ちながら小太刀をだらりと下げ自然体で佇む士郎に、防御を解かないままリリィはじりじりと後ろに下がっていく。

「今まで、手を抜いて戦ってたってわけ?」
「別にそういうわけじゃない。
 俺にはまだ、トレイターを使いこなせるだけの力量がなかっただけの話さ」
「言ってる意味が解らないんだけど?」

 士郎の返答に、リリィは舐められているのかという怒りの表情から怪訝な顔に変える。

「要するに、いくら知識と技術を与えられても、それをフルに活かすにはどうしても慣れというか、経験が必要になってくるってことだ。
 といっても今日召喚器を呼び出した俺が経験なんて積んでるはずもないからな。
 だから今は不慣れな武器を多く扱うよりも、一番使い慣れた得物で戦った方が強い」
「理屈としてはなんとなくわかったけど、それだけでそんなに動きが速くなるわけがないでしょ」
「変わるさ。劇的にとまではいかないけど多少はな。
 あとはちょっとした裏技で強引に身体能力を引き上げてるんだ、よっ!」

 あんな速度で仕掛けてこられては、せめて攻撃される範囲を限定しなければ勝負にならないと、会話で気を引きつつリリィが目指していたのは闘技場の壁面。

 その目的が読めないような士郎ではなく、話を区切り頭が接地する程に体勢を低く構えると、後退するリリィへ向けて地を蹴り一太刀浴びせながら彼女の背後に回り込んだ。



――――――閃鞘 『七夜』――――――



 退魔一族七夜の業の劣化模倣であり、小太刀二刀でも扱えるように士郎なりの工夫を凝らした技だが、トレイターによる強化がある今、技としての完成度はともかく純粋な速度についてだけで言えば本家レベルと比べても遜色無いか、あるいはそれ以上。

 振り返るや移動を阻むように苛烈に攻撃を重ねる士郎に、リリィは下がろうにも障壁ごと押されて思うように進めず。

 これ以上の後退は最早諦めるしかなく、彼女は方向転換を余儀なくされた。

 しかし、防御に意識の大半を傾けなくてはならないリリィの移動速度は常より遥かに遅く、そのような速度、召喚器によって強化された今の士郎に追い抜けない道理は無い。

 空中を一瞬とはいえ足場に出来るという特性を利用し、正面、背後、横、あるいは上空からと不規則に進路を妨害し、士郎は確実に彼女の疲労を蓄積させていく。


 ――――――これは、かなりリリィに分が悪いわね。


 一連の攻防を観戦していたミュリエルは、砂塵を舞い上げてリリィの周囲を駆ける士郎の戦闘能力に高い評価を下していた。

 剣士としての才こそあまり感じられないが、学園長室で受けた殺気から予測していたよりもずっと強い。

 召喚器の加護を得て、かつ独自の歩法を駆使して加速する士郎は、速度という一点においては他の救世主候補の追随を許さないほどの速さを誇っている。

 先程の言葉からすると、この二刀流が彼本来の、召喚器を呼び出す以前の戦い方。

 リリィとそう歳の変わらない青年がこの実力を身に付けるまでに、一体どれほどの経験と鍛錬を積み重ねてきたというのか。

 かつて仲間達と旅をしていた頃の全盛期のミュリエルならば、仮に試合という縛りがある中で士郎と戦うことになったとしても、それでも十中八九は勝てると言えた。

 けれど、学園長の職務に就いて戦線を退いて長く、以来鈍りきった身体と勘では、周囲の被害を考慮せずに戦える条件下以外なら勝機が五割あれば良い方だ。

 衰えたとはいえ相応の死線を越えてきたミュリエルですら苦戦は必至。

 彼女の教えを受けながら救世主候補生として頑張っているとはいえ、モンスター以外との接近戦を碌に経験していない今のリリィには、高い機動力を持つ士郎は明らかに荷が重い相手と言えた。

 見えず、当たらず、躱せない。

 召喚器による感覚の強化を得たリリィが位置を特定できないくらいに速く、かつ巧く士郎は動いているのだ。

 姿の捉えさせない相手がどう行動し、何時何処から仕掛けてくるかなど、近接戦闘の心得が殆ど無いリリィに予測できるはずもなく、タイミングの計れない攻撃を回避するのは流石に厳しい。

 かといってリリィから仕掛けようにも、直線的な魔法をメインに使う彼女では手や目線の動き、そういったものから大凡の軌跡は読まれてしまう。

 士郎もそれには気付いているだろうから、放つ前に効果範囲外に逃れられてしまえばそれまで。

 攻撃に転じる動作で生じた隙を士郎が見逃すはずもなし、結果としてリリィが負けないためには防御を固めて機を窺う以外に打てる手は無かった。

 リリィの魔力が尽きるが先か、士郎の体力が疲弊するが先か、などという形での決着は、互いが召喚器による供給を受けている以上は望めまい。

 そうなると不利になるのは、やはりリリィの方だ。

 何故なら、このまま調子を崩さずに攻め続ければいい士郎とは違い、何処から来るかも解らない攻撃に常に備え続けなければならない上に、移動すら思うようにできないのだから、彼女の精神的疲労は相当なもの。

 このままでは疲労がピークに達してリリィの集中が切れるのも時間の問題。

 動けばその隙を狙われ、動かずとも緩やかに敗北が迫る。

 故にリリィが僅かでも勝つ可能性を残すには、無理を承知で彼女から状況を打開する必要があった。


 ――――――だったら、やるしかないじゃない。


 ここまで戦えば彼我の実力差くらいリリィにだって解っていたが、救世主クラス首席としての、ミュリエル・シアフィールドの娘としてのプライドが勝負を諦めることを許してはくれない。

 だから彼女はたとえ無駄になるとしても、このまま何も出来ずに終わるよりは、一矢でも報いられるよう最後まで抗い戦い抜く道を選ぶ。

 最高レベルに張り続けていた障壁の強度を大きく落とし、その分の魔力を攻撃魔法に充てて何時でも放てる用意を整えて士郎の攻撃を待つ。

 そして、障壁を削られる感触を感じてから一秒の後、リリィは高位火炎魔法を解き放った。

「燃えろっ!!」

 小さな火の玉より変じて彼女の周囲に爆ぜる無数の炎。

 その発動までの間に彼女が受けた斬撃は、僅か三度と想定よりは少ない。

 リリィが設定していた障壁の限界は『雷徹』なら一度、『徹』なら四度、通常の斬撃ならば七度くらいだから、ここで一気に攻められては堪らなかっただろう。

 だが、魔術発動の兆候を見て取った士郎は、ここで攻めきるメリットは魅力的だと思いはしたが、方針を変えて慎重さを欠き、高威力の一撃を浴びて形勢がリリィに傾くデメリットの方が大きいと判断し、距離を取って回避した。

 その判断に助けられたとはいえ、一秒間凌ぎきり魔法を放ったという結果をリリィが得られたのは、試合開始直後の攻防で士郎に強い警戒心を与えたからというのもまた事実。

 爆煙により姿を隠したリリィに、御神の気配探知の技法『心』を用いて士郎は彼女の動きを探る。

 目眩ましってわけか……何をするつもりだ?

 視覚に頼らずとも相手を捉えることのできる御神の剣士にとって、気殺をしていないリリィの様子を読み取るのはさほど難しいことではない。

 上空に飛び上がって新たな魔術の準備をしているリリィに、士郎はこれまでの傾向から効果範囲外であろう彼女の背後に回り込むと、一刀を消し小太刀を刺突に構える。

 彼の師である女性が得意とする、『閃』を除き射程、速度ともに御神流の技の中でトップクラスの性能を誇る奥義、『射抜』

 彼女の掌から紫色の巨大な光球が撃ち落とされたと確認した直後。



――――――御神流・裏 奥義之参『射抜』――――――



 『神速』を発動させて一瞬で間合いを走破した士郎は、リリィに強烈な一撃を浴びせ、更に消していた二刀目を再度顕現させて。



――――――『射抜・追』――――――



 その一撃を受けたリリィの障壁が砕けるとほぼ同時、地面に着弾した光球が巨大な光の柱と化し、礫を舞い上げ士郎に襲い掛かった。

 光球に意識を割いていなければおそらくそれに巻き込まれていただろうが、ここにきて士郎が明らかに不自然なタイミングで放たれたそれを警戒していない、なんてことはなく。

 光の柱に接触する手前で素早くリリィを右に蹴り飛ばした士郎は、自身も虚空を蹴って方向を右に変え、とどめとなる攻撃を放つ。



――――――御神流 奥義之五『花菱』――――――



 二刀より繰り出される無数の連撃は、いかに召喚器の加護で常人とは比較にならない丈夫さを得ているとはいえ防御を失ったリリィに耐えきれるものではない。

 成す術無く刃の洗礼を受けて地に伏したリリィの首元に、士郎はトレイターの切っ先を突き付け。

「そこまでっ! 勝者、衛宮士郎」

 学園長の審判により試合の終わりを告げる声が響いた。

 ――――――こうして。

 衛宮士郎とリリィ・シアフィールドの最初の戦い。その初戦の結末は、士郎の勝利という形で幕を下ろしたのだった。



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 八月更新間に合わず、すいません。
 士郎をSIROU化させるか悩んだものの、ネタ置き場だしまぁいっかってことでやってみました。
 決してここ最近最強系ssを読んでた影響じゃないです、多分……。
 ようやくアヴァター一日目の終わりが見えてきました。そろそろ本編も進めなきゃまずい。

 相変わらずの駄文ながら一人でも楽しんでくだされば幸いです。
 問題点の指摘や誤字脱字、感想等々があればどんどん送ってください。