俺はこの世界の常識を知らない。

 俺はこの世界の社会を知らない。

 俺はこの世界の、世界を知らない。

 今の俺は、あまりに無知だ。


理想剣×DuelSaviorクロスSS


反逆の剣握る正義の味方

Chapter1-3



 帰ると決めたものの、書が現れるまでの間、俺はしばらくこの世界で過ごさなきゃならないらしい。

 となると衣食住……衣は今着ているものと寒くなればコートでなんとかなるかもしれないけど、食と住に関しては死活問題になりかねない。

 野宿という手も無きにしも非ずだが、あんな幻想種が森の中にいる以上元の世界の常識が何処まで通用するのかわからないから、あまり迂闊な真似はしない方がいいだろう。

 街の場所を聞いて住み込みで働かせてもらえる所を探すのが無難か、なんて考えていると、学園長の方から俺の処遇についての話題が切り出された。

「貴方の扱いですが、貴方が救世主候補であることを明かすかどうか、という問題から考えなければなりません」
「救世主候補?」

 さっきもそんなことを言っていたが、どういう意味で使われているのか解らず首を傾げる。

「そういえばまだアヴァターという世界のことを詳しく説明していませんでしたね。
 先程の説明でアヴァターは生産と破壊の均衡を司る世界と言いましたが、ここで言う生産とは人の営み、文明の発展のこと。
 そしてあるレベルまで文明が発達した時、およそ数百年から千年周期でその文明を破壊しようとする勢力が現れ、我々はその勢力のことを『破滅』と呼んでいます。
 『破滅』が何を目的として行動しているのか、どこから現れるのかは不明ですが、彼らが過ぎ去った後に残るのは蹂躙された大地のみ。
 彼らが猛威を振るうがためにアヴァターの文明は一定の水準以上に発達することが出来ないのです。
 そんな『破滅』の軍勢に唯一対抗できるとされるのが『救世主』という存在。
 文明が破壊されても人類が死滅しなかったのは、『破滅』が現れる度、その時代の『救世主』が彼らを退けたからだと言われています。
 ここまでの説明で、何か質問はありますか?」
「そうですね……」

 文明を滅ぼす勢力を退けるだけの力量を持つ存在なら、救世主と称されるのも納得できる。

 おそらく、アヴァターには抑止の守護者がいない、あるいは彼らが動かない代わりに救世主というシステムによって世界を維持しているのだろう。

 そう考えた時、かつてアーチャー……エミヤが憎々しげに吐き捨てた言葉を思い出した。

 守護者とは世界の奴隷だと、自由意思の無いままに世界の害悪を殺戮し排除し続ける掃除屋に過ぎないと言ったアイツ。

 担う役割が似ているからといって守護者と救世主を混同するつもりはないが、念の為にも守護者との違いは確認はしておくべきか。

「救世主のこと、具体的に教えてもらってもいいですか?」
「具体的にと言われましたが、最も新しい記録ですら千年前のものですから救世主に関しては不確かなことが多く、私の把握している情報はごく僅かしかありません。
 実際に話せることなど、救世主の資質に関すること程度です。
 それでも構わないのであれば説明しますが?」
「お願いします」

 懸念を解消することはできなかったことによる軽い落胆はあるものの、折角情報を得る機会を無駄にするわけにもいかないので、気持ちを切り替えて学園長の話に耳を傾ける。

「救世主の資質についてですが、これは先程の問題にも関連してきます」
「先程の問題っていうと、救世主候補でしたっけ?」
「ええ。救世主候補というのは言葉通り救世主となりうる資質を持った者達のことです。
 そしてその資質とは、召喚器を呼び出せること。
 基本的に救世主候補は赤の書によって他の次元世界から導かれ、このアヴァターへと召喚されます」

 召喚器を呼び出せることが救世主の資質というのなら。

 トレイターを召喚できた俺は条件を満たしている。

 だけど、この部屋に来てすぐの会話で、学園長に確認したじゃないか。

 過去に男が召喚器を呼び出した事例は無いって。

 つまりそれは。

 歴代の救世主候補は全員女性だったってことだ。

 そこまで繋がれば、学園長が言った問題の意味も推測できた。

「史上初の男の救世主候補。加えて赤の書以外の書によって導かれた人間となると、余計な波風を立てる不安があるってことですか?」
「理解が速くて助かります。
 ですので、明かした場合、明かさなかった場合のそれぞれのメリットとデメリット。
 それらを今から説明しますから、これからの話を踏まえた上で、貴方の意思を聞かせてください」
「はい」

 頷いて、話を促す。

「まず明かした場合ですが、この時のデメリットは破滅との戦争や王宮の要請で、かなり高い確率で戦場に向かうことになるため、命の危険が付き纏うこと。
 あとは奇異や好奇の視線に晒されることになるくらいでしょうか。
 メリットとしては救世主候補の待遇でこの学園に在籍できるため、情報収集や召喚器の訓練はやりやすくなります。
 次に明かさなかった場合ですが、デメリットは救世主候補だと悟られないように行動する必要が発生するため、どこかで取れる選択肢に制限が掛かること。
 メリットは破滅と遭遇でもしない限り、危険が及ぶ可能性が低いという点が挙げられます」
「幾つか質問させてもらってもいいですか?」
「どうぞ」
「破滅との戦争って言いましたけど、破滅が現れるのは数百年から千年周期でしたよね?」
「ええ。そして今年が前回の破滅からちょうど千年となります」

 だとすると、近いうちに破滅との戦争が始まるかもしれないってことか。

 書が現れるまでの期間平穏に過ごしたいのなら明かさない方がいいんだろうけど、俺が戦うことで護れる誰かがいたら、その人を見捨てて大人しくしているなんて真似、俺にはできそうもない。

 だったら……。

「答えは、出ました。
 俺は明かした方がいいと思います」
「自らの命が掛かっていても、ですか?」
「それを踏まえた上で、です」

 学園長の眼をしっかりと見つめて、告げる。

「どうやら、迷いはないようですね」
「はい」
「わかりました、貴方の意思を尊重しましょう。
 貴方にはこれからこの学園の救世主クラスに所属してもらい、寮で生活してもらいます」
「いいんですか? 俺、学費なんて払えませんよ?」

 余程ズレたことを言ったのか、学園長の顔に苦笑が浮かぶ。

「貴方の扱いは救世主候補生としてこちらが招いた形になりますので、金銭に関しては心配する必要は不要ですよ。
 食事に関しては食堂がありますので、そちらを使ってください。救世主クラスならば無料で食事することができますから」

 心配していた割に、随分あっさりと衣食住の問題が解決した。

 それでいいのか、とも思うけど、折角の厚意を無碍にすることはないだろう。

「そういえば、救世主クラスって、もしかして全員が救世主候補ですか?」
「ええ、その通りです」

 召喚器と一括りにできるということは他の召喚器もトレイターと同等、或いはそれ以上のスペックと考えられる。

 ともすればサーヴァントと打ち合えるような武具の担い手のみを集めたクラス。

 正直、どんなメンバーか想像ができない。

 ……って、ちょっと待て。

「もしかして、クラスメイトって……」
「ええ。推察通り、皆女性ですよ」
「それって色々とマズくないですか?」

 女子高の中に一人放りこまれそうになる気分、とでも言えばいいのか。

 男としては非常に嬉しいシチュエーションだけど、孤立したら悲惨なんてものじゃない。

「何か問題でも起こすつもりですか?」

 俺の微妙な表情を捉えてか、学園長がからかうような言葉を投げる。

「起こすつもりは無いですけど……」
「なら問題ないでしょう。
 リリィは士郎君が救世主クラスに入るのは反対かしら?」

 今まで沈黙を保っていたリリィに、学園長は不意打ちのように話を振る。

「反対です、って言いたいところですけど、召喚器を呼び出した以上、士郎を他の科に送ることができないということもわかってます」

 リリィは微かに顔を顰めて、けど、と続けた。

「だからといって男を救世主クラスに入れることへの抵抗を消すことはできません。
 ですから……」

 言葉を区切り、学園長から視線を離し、俺へと向き直るリリィ。

 静かな戦意を湛えた彼女の鋭い双眸が俺を射抜く。

「私を士郎と戦わせてください。
 私が私を納得させるために」



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 月一更新を目標に掲げたせいか、月末が近づくにつれ焦燥感の募るこの二か月。
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