理想剣過去語


第一話 旅立ち



「旅に出るぞ。ほら、お前の分の荷物だ」

 衛宮切嗣の葬式から二ヵ月経ったある日、日の出前に士郎を叩き起こした恭也は開口一番そう言った。

 ドスンと、畳の上に一見してかなりの重量と判るような巨大な鞄が置かれる。

 種類は恭也が背負っているのと同種の登山用リュック。

 寝ぼけ眼のまま布団を這い出た士郎は、覚束ない思考のまま上体を起こし、その荷物を焦点の合わない眼で確認。

「どういうことだよ、恭にー?」

 恭也に向き直り士郎は事の説明を求める。

「これからお前を連れて武者修行の旅に出る。
 安心しろ。雷画さんと大河、美由希の許可はちゃんと取ってある」
「あのさ、俺そんなこと初めて聞いたんだけど?」
「言ってなかったからな」
「第一、学校はどうするんだ?」
「雷画さんが快く書いてくれた休学届を昨日出してきた」
「……マジで?」
「ああ」

 義務教育はどうしたんだと頭を抱える士郎だが、関わった面子を思い浮かべると嫌に納得できてしまった。

 仕方なく布団を押入れに押し込んでから、速やかに着替えを済ませる。

「準備は出来たな。なら行くぞ」
「ちょっ、せめて鞄の中身を確かめるくらいはさせてくれ」
「別にそのくらいは構わんが」

 鞄を開き、ぎっしりと詰め込まれた中身を取り出す。

 数日分の着替え、タオル、時計、保存食、筆記具、地図、コンパス、財布、ハンカチ、ティッシュ、救急箱、ライター、マッチといった日常品から、大量の小太刀、鋼糸、小刀、飛針といった御神の装備、あと用途の分からない物が数点。

「忘れ物は無さそうだけど……いつまで旅するつもりなんだ?」
「さてな。短ければ1年以内には帰ってこれるさ」

 出した物を詰め直した鞄を背負った士郎を先導して、恭也は衛宮家を後にした。

 二人はランニングも兼ねて深山町の住宅街を走り、日が昇る頃には新都と深山町を繋ぐ大橋まで辿り着いた。

 大橋を渡り、駅前のコンビニで朝食と昼食を買い、線路に沿って隣町を目指す。

 そして昼。

 三つほど離れた市に到着した二人は市民公園のベンチに腰を降ろしてお握り(税込み105円)を食べていた。

 食事を終えた恭也は地図を取り出すと、士郎に本日のスケジュールを教える。

 ここから南東に二時間ほど走った所に標高のあまり高くない山があり、今日はそこで野宿する予定らしい。

 山の中腹まで登ったところの拓けた場所に恭也が持ってきたテントを張った二人は即席の釣り竿を作り、近くの川で釣りを始めた。

 時間は刻々と過ぎていき、やがて日が暮れる。

 枝を集め、釣れた魚を焼いて持参した塩を振り掛け夕食とし、食後二人は軽い準備運動も無いまま自身の装備を整え模擬戦を開始した。

 すでに火は消え、光源となるのは半円に浮かぶ月の光のみ。

 完全に気配を絶ち森と一体化した恭也に、士郎は未熟な気殺で精一杯の警戒を行う。

 静かに士郎に接近しながら、恭也はこの少年を旅に連れ出した理由を思い返していた。

 ―――――今の士郎は、かつての俺だ。

 恭也は幼少の頃、この少年と同じ名を持つ父をテロで亡くしている。

 その時彼は父の代わりに家族を護ろうと、強くなるため無茶な鍛錬ばかり続けていた。

 強迫観念めいたその決意は周囲を心配させたが、彼は止まらなかった。止まれなかった。

 ―――――そして、破綻した。

 完成された御神の剣士を目指す上で致命的とも言える膝の故障。

 自分自身を顧みず、我武者羅に突っ走った結果だ。

 士郎には切嗣から継いだ理想がある。

 夢物語としか思えないその理想を知る恭也は、二ヶ月の間延々と悩み続けた。

 恭也が何を言おうと士郎は夢を諦めることは無いだろう。

 ベクトルこそ違えど似た覚悟をした覚えのある恭也だからこそ、生半可なことでは士郎は折れないと察していた。

 故に危ういと、恭也は思う。

 強すぎる想いは簡単に限界を越えさせる。

 このまま士郎を置いて再び海外に仕事に向かえば、彼は間違いなく恭也の二の舞になるだろう。

 それだけは、高町恭也には認められない。

 彼に自分を同じ苦しみを背負わせる訳にはいかないのだ。

 ならば現実という壁を前にしても挫けないよう心技体を鍛えようと、そして少しでも視野を広くしてやろうと師匠として彼はそう考えて、旅に連れ出すことにした。

 自分の眼の届く範囲ならば、士郎の暴走を防げるという目論みもある。

 鋼同士のぶつかり合う音が、森の静寂を崩した。

 恭也の打ち込みに間一髪のところで気付きかろうじて防御に成功した士郎は、勢いまでは殺しきれず後方へ大きく吹き飛ばされる。

 木の幹に着地して衝撃を逃がし体制の悪いまま恭也の追撃を捌くが、それも数合。

 剣は二本とも弾き飛ばされ、苦し紛れに放った飛針も防がれた。

「ここまでだな」
「……ありがとうございました」

 小太刀を引き、恭也が試合の終了を告げる。

「五分後再開する。それまで休め」

 それから三時間、二人の鍛錬は続いた。

 この修行の中で恭也が士郎に求めているものは技の練度と戦闘技術の向上である。

 速さも重さも鋭さも、こと剣においては一切の才能が無い士郎が強者と戦って生き残るために、それは必須の技能だからだ。

 恭也は凡人に過ぎない士郎が持つ唯一非凡な物に気付いていた。

 それは『眼』

 単純に遠視が出来るとか動体視力が優れているとか、それは最早そんなレベルではない。

 無意識的に武器を技を解析し、初見で上辺を取り繕っただけとはいえ未知の技を模倣する。

 その異常性は魔術などより余程恭也を驚かせた。

 かつて切嗣と共に原因を推察してみたが、結局理由は不明のまま。

 判っているのは、その技は本家には届かなくとも鍛錬次第ではその一歩手前までは至れるといった程度。

 現に剣術の基礎や暗器術、近接戦闘術、『徹』、『貫』の習得は、一般の御神の剣士と比べ遥かに速かった。

 幾千、幾万の積み重ねを経てようやく辿り着ける『貫』を若輩の士郎が使って見せた時、恭也の驚愕はどれほどのものだったか。

 だが、模倣した剣技には『経験』が存在しない。

 経験無くして形だけを似せたところで、実戦では役に立つはずも無い。

 それを痛感しているのは、恭也よりもむしろ士郎自身。

 恭也はその経験不足を解消するためになるべく実戦に近い形で修行を進めていた。

 いまだ士郎の実力は『神速』の領域までは届かない。

 御神の秘奥ともいえるその奥義を扱うには、士郎はまだ幼過ぎた。

 鍛えていけばいずれ届くだろうが、恭也には少なくとも彼が高校に入るまでは自由に『神速』を使わせる気は無かった。

 荷物を片付けてテントに入り、恭也と士郎は寝袋に包まる。

 そのまま夜を越し、翌朝になった。

 士郎が眼を覚ますと、隣には恭也の姿が見当たらない。

 時計を見れば既に六時を過ぎている。

 慣れない環境のせいなのか昨日の鍛錬での疲れが溜まっていたのか、などと考えながら服を着替えた士郎はテントを出て恭也の気配の元に向かう。

「おはよう」
「おはよう、恭にー」

 恭也は昨日と同じ場所で釣りをしていた。

 彼の脇には朝食用と思しき野草を山盛り入れた籠がある。

「釣れてる?」
「朝食の分くらいはな」

 バケツを覗き込むと、成果と思しき五匹の魚。

「じゃあ恭にーは釣りを続けててくれ。俺は適当に薪でも集めておくから」
「任せた」

 昨日と同じく魚を焼き、野草を洗って食べ、食後は朝の鍛錬として昨晩同様の模擬戦を行う。

 その後川で水浴びをして汗を流し、二人はテントを片付けて山を降りた。

 街の移動を繰り返し、日が暮れる前に次の山に登る。






 そうして、一月が過ぎた。

 冬木の街はもう随分と遠い。

 士郎は恭也からサバイバル知識を実践という形で教えられ、初めはリズムの掴めなかった山篭り生活にも徐々に慣れつつあった。

 今まで学校に行っていた時間を鍛錬に集中できるため格段に上達しているという感触はあるのだが、それでも恭也からいまだに一本も取れていない。

 弟子に簡単にやられては師匠失格だからなと恭也は苦笑混じりに答えるが、士郎は意地でも一撃を加えようと試行錯誤を繰り返した。

 そして思いついた。

 半端とはいえこの身は魔術師。

 ならば魔術を使えば不意くらいは突けるのではと……。

 そう考えていた時期が士郎にもありました。

 強化魔術で武器を強化―――それを察した恭也に悉く避けられ効果無し。
 投影魔術で不意打ちの飛針―――目を見開いたのは一瞬、冷静に弾かれチェックメイト。

 ああ、手詰まりだ。

 たった二つで打ち止めになる自分の才能の無さが恨めしい。

 せめてもの救いは何度も実戦投入してるお陰で魔術の成功率は多少上がったことだけか。

 魔術回路を毎度命懸けで生成して制御している分、鍛錬での疲労は通常とは段違いに溜まっているのだが。

 山に篭って四日目、次に降りる街は三咲というらしい。

 斜面を降りながら、恭也はふと思いついたように士郎に話し掛けた。

「士郎もそれなりに強くなった。
 そろそろ道場やぶ……他流との交流試合でもしてみようと思うのだが」
「今絶対道場破りって言おうとしたよな、恭にー」
「そんなことはないぞ、弟子よ。
 それにお前だって今の自分の実力がどれほど通用するのかを知りたいだろう。
 それならば交流試合はいい機会ではないか?」
「……まあ、そりゃそうだけどさ」
「決まりだな」

 士郎にとって恭也のその言葉は願ってもいないことだった。

 高町恭也は師匠にするには申し分ない人間だが、実戦相手となると実力差があり過ぎて自分の強さというものを判断しづらいのだ。

 心持ちペースを速め、昼前には街に出た。

 街並みを観察しながら、二人は地図片手に散策する。

「士郎。何か食べたいものはあるか?」
「いや、特には」
「ではインド料理などはどうだ?
 以前知人から三咲にある『メシアン』という店を勧められてな。
 一度行ってみたいと思っていたんだ」
「へえ、そりゃ楽しみだ」

 恭にーがそう言うからにはハズレは無いだろうと了承した士郎は、恭也に案内されるまま店を目指し歩き出した。



 




 初めての三人称視点での文章。
 この程度の長さの短編連載という形で話を進めて行こうかと。
 町の名前から分かる通り月姫とクロスさせる気満々です。
 とりあえずファーストコンタクトはカレーのあの人の予定。
 感想など、お待ちしております。