Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作

理想の意味、剣の意志

四日目 第七部

 模擬戦 〜Sham Battle〜


 衛宮邸の道場。その中央で、黒の道着に着替えた美由ねえと白いブラウスと紺のスカートといった私服姿のセイバーが静かに対峙していた。

 小太刀二刀を模した竹刀を得物とする美由ねえに対し、セイバーが選んだのは剣道で使われるごく普通の長さの竹刀。

「おい」
「なんだよ?」
「この試合、貴様はどう見る?」

 道場の隅で開始を待っていた俺に向け、アーチャーは試すような口調でそう問い掛けてくる。

 アーチャー、俺、メディ、美綴、遠坂の順で並んで座っている以上、遠坂が美由ねえ達を注視しているからってこちらの会話を聞き逃すなどと考えるのはいくらなんでも楽観が過ぎるってもんだろう。

 コイツがその程度のことに気付かない筈が無いから、理解した上でなお訊ねてくるということはつまり、アーチャーが求めているのはおそらく俺がどう考えているかというよりは、俺がどういう答えを返すかということの方。

 推測した過程を整理し、遠坂達に与えて良い情報で同じ結論を導き出せるよう頭の中で組み直す。

「そうだな……。美由ねえ自身が模擬戦前に言ってたように、今の美由ねえは万全とは程遠い状態だ。
 だから美由ねえは本気で戦うことは出来ても、全力で戦うことはできない」

 これは模擬戦の提案を受けるに当たって美由ねえ本人が言ったことだ。

 ランサー戦のような動きはできないけど、それでもいいなら相手してあげるよ、と。

 遠坂は疑問を持ったようだけど、深く追求しても誤魔化されるのは明白だと考えたのか、それとも少しでも御神の戦い方は見て知っておいた方が良いと判断したのか、彼女はその条件をあっさりと頷き受け入れた。

 そして話が纏まるやいなや、美由ねえは着替えてくるといって道場への案内を俺に任せて自室に向かい、俺は遠坂達を先導するように道場へと歩き出し、道場にて合流した美由ねえとセイバーが各々の得物を選び現在に至るというわけだ。

「万全の状態じゃないってわかっていながら美由ねえが模擬戦を受けたのは、誠意も勿論理由の一つとしてはあるんだろうけど、御神の技がセイバー相手にどれだけ通用するかを試してみたいって考えもあったんじゃないかって思う。
 実戦と違って命の取り合いじゃない模擬戦だからこそ、純粋な剣の技量を見ることができるんじゃないかって。
 まあ、これはあくまで俺の勝手な推察なんだけどさ」
「ふむ。しかし、如何に高町美由希が優れた剣士であったとて、相手は最優と名高い剣の英霊。勝つことはおろか、一太刀浴びせることすら至難の業であろうよ」
「かも、しれないな。ただ……」


 ――――――完成された御神の剣士は、お前の予想の上を行くと断言してやる。


 俺のそんな言葉にどういう意味だ、と問おうとしたアーチャーより早く。

 この模擬戦の主役の片割れたる美由ねえが口を開いた。

「試合を始める前に確認しておくよ。
 これは模擬戦だから殺しが御法度なのは言うまでもないけど、致命傷や後遺症が残りそうな結果も極力避けること」
「ええ」
「勝敗はどちらかが降参するか、決定打を受けるまで。
 他に付け加えておきたいこととか、何かあるかな?」
「いえ、特には。
 話すことはそれだけでしょうか? でしたら……」
「そうだね。じゃ、そろそろはじめよっか」

 開始を促す美由ねえの言葉に外野は完全に沈黙し、道場は微かな呼吸音程度の音でも妙に大きく感じられる程の静寂に包まれる。

 対峙する二人の間に流れる緊迫感は、即状況が動いてもおかしくないと思わせるくらいに張り詰めたもの。

 互いの様子を窺うことおよそ十秒弱。先に動いたのはセイバーだった。

「行きます」

 宣告と同時、セイバーは美由ねえとの間合いを一気に詰め寄り、竹刀を上段から振り下ろす。

 その剣速たるやこと眼に関してだけは自信のある俺でも追うのがやっとで、俺が無理矢理にでも躱そうと思うのなら、『神速』を使わなきゃキツイだろう。

 だけど美由ねえが模擬戦前に出した条件から考えるに、この場で美由ねえが『神速』を見せるとは考えにくい。

 あるいは美由ねえなら『神速』無しでも、『貫』による見切りの技術があれば躱せるかも、とも思ったが、美由ねえは結局回避より防御を選択した。

 右の竹刀でセイバーの一撃を受け流し、左の竹刀を逆袈裟に振り上げる。

 セイバーは引き戻した竹刀であっさりとそれを防ぎ、そして繰り出されるのは更に速度の増した一閃。

 それから十数合、セイバーが攻め、美由ねえが守りつつ時々反撃するといった攻防を繰り返すが、防がれるごとに加速するセイバーに、徐々に美由ねえは押されているように見える。

 このままでは美由ねえが負けるのは時間の問題かと外野で観戦している殆どの人間が思った頃、美由ねえの反撃にセイバーは防御しようとし、そして唐突に後ろに跳び退り距離を取った。

 セイバーの取った急な行動に外野にいるメンバーの中で驚愕の表情を浮かべたのは俺とアーチャー。だが、その理由は恐らく異なるだろう。

 多分アーチャーは美由ねえの斬撃に。

 そして俺は、セイバーのデタラメな反射神経に。

 残る三人は何故、と不可解そうにしていることから、何が起こったのかは見えなかったようだ。

 そんな俺達の反応を知ってか知らずか、美由ねえが驚嘆の声を漏らす。

「あのタイミングからよく躱せたね。
 ランサーと戦った時にも思ったけど、サーヴァントの身体性能って、嫌になるくらい桁外れだ」
「今の攻撃は……?
 私の剣をすり抜けたように見えたのですが」
「御神流、『貫』。
 奥義の手前にある、御神の剣士の第三段階の技。
 これで決着がつくような楽な相手じゃないってわかってはいたけど、正直、悟られないよう布石まで打ってなお初見でああまで完全に躱されるのはちょっとショックだよ。
 せめて掠らせるくらいの結果は欲しかったな」
「布石……成程、これまでの一連の打ち合いはこれを使う機会を狙っていたということですか」

 感心したように頷くセイバーに、美由ねえは苦笑して。

「それくらいしか奥義を使わずに打てる策が思いつかなかったっていうのが本音だけどね。
 だけど、『貫』を見せた以上はもう技を隠すメリットも無くなったし、ここからは下手な小細工はなしで行かせてもらうよ」

 そう言うや、離された距離を今度は美由ねえから詰めた。

 飛針や鋼糸で牽制しない所を見るに、どうやら美由ねえは暗器無しの純粋な剣術勝負をするつもりらしい。

 『貫』を警戒してかセイバーは左右からの攻撃を防がず躱し、美由ねえもまたセイバーの反撃の竹刀に大きく距離を取って回避し、再度踏み込んでの繰り返し。

 小回りの良さと手数の多さならば美由ねえに、一撃の剣速と重さならばセイバーに分があり、一進一退に見える攻防はしかし、時間が経てば経つほどに弱っていく美由ねえが圧倒的に不利だった。

 ただでさえランサーとの戦闘で『神速』を連発し消耗した身体だ。

 そこにセイバーのような地力が違い過ぎる相手と打ち合い続ければ、いくら最小限の動作で躱し続けても、残り少ないはずの美由ねえの体力が尽きるのはそう遠くない。

 普段俺と鍛錬している時は乱れたことのない呼吸が僅かに荒くなっていることからも、それがわかる。

 加えて、回避され続けられると『貫』だけでなく『徹』や投げ技等も通じず、『神速』以外で手詰まりの今の状況を打開するには奥義を使うしかないが、美由ねえはこの模擬戦で奥義を見せるつもりはないのか、徐々に動きが鈍ってなお奥義を使う様子は無い。

 十合……二十合……。

 打ち合い続けるうちに回避するだけの余裕も無くなってきたのか、美由ねえがセイバーの攻撃を受け流す回数が段々と増え始めた。

 それから数合、一際高い音を立てた打ち合いの後。

「降参、だよ」

 美由ねえの敗北を認める声に続いて、弾き飛ばされた二本の竹刀が床に落ちた音が響く。

 こうして俺の想像以上に呆気なく、勝敗は決したのだった。


 

Interlude4−3




 模擬戦が終わり緊張の解けた道場の中、竹刀を壁に立てかけてこちらに向かって歩いてくる二人にタオルと水を渡している衛宮くんを見ながら、わたしは今の一連の攻防を思い返していた。

 結果はセイバーの完勝に近い形とはいえ、本気じゃないとはいえサーヴァント相手に全快じゃない状態で何十合も持ちこたえた女性、高町美由希。

 剣士一人が銃で武装した兵士百人と渡り合えると言われた時は何をふざけたことをと思ったけれど、模擬戦での動きを見ているとあながち冗談ではないかもしれないなんて考えが浮かんでしまう。

 まず間違いなく、わたしじゃ強化魔術を使ったところで接近戦では勝負にならない。

 彼女と戦い勝とうと思うなら、彼女の剣の間合いに踏み込まれる前に秘蔵の宝石なりを使って一撃で昏倒させるレベルの魔術を決めるしかないだろう。

 しかし、もし彼女らに陣営との戦いになればキャスターとアーチャーが戦闘に加わることは必然だから、相手が美由希だけ、などという状況は考えにくい。

 クラスから遠距離戦闘に真価を発揮するだろうアーチャーに魔術師の英霊、そしてサーヴァント相手に時間を稼げる剣士。

 わたし個人の力量じゃこの中の一人を相手にするのも苦労するっていうのに、それが三人まとめてとなると――例えば美由希かアーチャーでセイバーの足止めをして、残る一人とキャスターでわたしを狙われるなんてことをされたら、今の段階じゃまだ勝算なんて何も思い付かない。

 せめてもの救いはマスターが美由希じゃなく衛宮くんだったってことかしらね。

 別にこれは衛宮くんが弱いなんて思ってるわけじゃない。

 美由希の弟子ってことだから接近戦でもそれなりには戦えるんでしょうし、魔術師としての力量が不明っていう不安要素もあるけれど、それを含めても他の三人を相手にすることに比べれば遥かに与しやすい相手のように感じてしまうのだ。

 そんな風に思考を巡らせていると、一息ついて落ち着いた美由希が話しかけてきた。

「御神の剣士の実力、結果は負けちゃったけど、見てもらえたかな?」
「正直言って想像以上よ。できれば貴女達とは敵対したくないわね」

 これは本音。

 誰が好き好んで勝算も無い戦いに臨むというのか。

 とはいえ、傍目から見ていただけのわたしが彼女の強さを正確に計れたわけじゃない。

 実際に戦った当人の感想の方が余程参考になるだろうと、すぐ傍に立つセイバーの意見を折角なので訊くことにした。

「セイバーはどう思った?」
「そうですね……。
 ミユキが全快であれば、おそらくあの『貫』を完全に躱すことはできなかったでしょう。
 それに、ミユキは『貫』は第三段階の技だと言っていました。
 つまりそれは今回使用しなかった第一、第二段階の技があるということだと……」
「あ〜、それなんだけどね」

 セイバーの言葉の途中で美由希が割り込む。

「第一段階の技っていうのは『斬』。
 もっとも、これは小太刀を扱う上で基本の動作に当たるから、技と呼べる程のものじゃないよ。
 第二段階の技は『徹』っていうんだけど、『貫』を使ってからのセイバーさん、回避ばかりで防御してくれなくなっちゃったから使う機会が無かったんだ」
「その言い方からすると、『徹』という技は相手に防がれることで意味を成すということですか?」
「正解。
 『徹』っていうのは中国拳法の浸透勁に似た原理で、衝撃を内部に徹す技だよ」
「衝撃を? そのようなことが……」
「まぁ、人間相手ならかなり有効な技なんだけど、サーヴァント相手じゃ大した牽制にもならないことはランサーとの戦いで理解させられたから。
 『徹』か『貫』、どちらかの技を受ければ警戒されて防御してくれなくなるのは予想できてたから、どっちを使うか選ぶならまだ決定打になる可能性のある『貫』かなって」
「……随分と防御を無力化する技が目立つわね」

 剣士二人の会話を聞いていたわたしが、ふと思ったことを口に出す。

「『徹』と『貫』がそういう特徴なだけで、他にもちゃんと技はあるよ。
 ただ、そういうのに比べて使い勝手が良いから多用するだけ」
「へえ……」

 相槌を打ったわたしに、美由希は不意に表情から笑みを消すと、真剣な声音で先の提案の返答を求めてきた。

「この模擬戦や技を教えることで私はさっき以上の誠意を示したつもりだよ。
 それで、どうかな?
 私達と同盟、組んでくれる?」


 ――――――このタイミングで来るか。


 虚を突かれたわけってじゃない。

 結論を長引かせるよりも今この場で是非を問う方が彼女らにとっては好都合なのだから、訊ねてくる可能性は頭の片隅には入れていた。

 周囲を窺えば、わたしがどういった答えを返すのかと注視する彼女側の三名と綾子。

 もっとも、彼女の問い掛けに対する答えはわたしの中で既に出ている。

 問題はセイバーが納得してくれるかどうか。

 わたしが決めたことなら彼女は反対しないとは思うけれど、それでも彼女の意思も確認しておきたい。

 そう考えて念話で話しかけると、返ってきたのは思ったよりずっと肯定的な返事。

 美由希との模擬戦で、何か感じることがあったのかもしれない。

 ともあれこれで、わたしの気持ちは固まった。

 すぅ、と息を吸って、美由希の眼を真っ直ぐに見て答えを告げる。

「いいわ。受けようじゃない、貴方達との同盟を」



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 おまたせしました、本当に。
 まずは更新を楽しみにしてくれていた方たちに謝罪と感謝を。
 お待たせしてすませんでした。
 そしてこんなに待たせたにも関わらず読んでもらってありがとうございます。

 今年の抱負、結局半年経たずに折れてしまいました。
 段々と文章能力が欠如しつつあるような今日この頃。
 最後の締め方もかなり荒いなぁなんて。
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