Fate/staynight、とらいあんぐるハートクロス二次創作
理想の意味、剣の意志
四日目 第六部
誠意 〜Sincerity〜
居間で私達を出迎えたのは、美綴さんとの雑談を中断した遠坂さんのそんな言葉。
セイバーさんの警戒は相変わらずの具合で、何が起こっても遠坂さんを護れるように気を張っている。
私達が元の位置に腰を下ろすまで待って、遠坂さんは先程の答えを求めてきた。
「じゃあ早速聞かせてもらおうかしら。
わたしたちは、何を勘違いしているっていうの?」
「聖杯戦争に参加する人間が、必ずしも聖杯欲しさに戦ってるわけじゃないってこと。
遠坂さんのような真っ当な魔術師には受け入れられないかもしれないだろうけど、聖杯を不要だっていう人間だっているんだよ。私や士郎みたいにね」
「それをわたしに信じろって?」
言葉ではそう言うものの、遠坂さんが浮かべているのは欠片も信用していない表情で。
多分私が遠坂さんの立場でも似たような反応をしていただろうから、まさかと否定の言葉を返して話を続けた。
「別に今すぐに信じてもらう必要はないよ。私もそんな簡単に信用を得られるなんて思ってないから。
だからこれから誠意を見せる。少しでも信じてもらえるように、私なりの誠意をね」
「誠意?」
「うん。流石にサーヴァントの真名とかまでは教えられないけど、多少踏み込んだ質問程度なら答えてあげる」
それを聞いた遠坂さんの口の端が楽しげに歪む。
「ふうん、情報を対価に信用を取ろうってわけ?」
「等価交換みたいに言われるのは良い気分じゃないけど、ぶっちゃければそういうことだよ」
「誠意なら虚偽の返答や下手な誤魔化しは後々のことを考えるとできないでしょうから、私達にリスクは殆ど無く、それでいて得られるものは大きい。
質問をして答えられないということはイコール重要だということ、答えられればそれは貴方達にとっては明かして構わない程度の事柄に他ならないとはいえ、情報を得ることは叶うんだから随分とまあ魅力的な提案じゃない。
成程、誠意とは良く言ったものね」
本当の狙いは何? と視線で問い掛けてくる遠坂さんに、何も無いよと示すように苦笑を返す。
この問答で遠坂さんが注意すべきことは、万一の際の真偽の見定めくらいのもの。あとはこちらから引き出した情報をどう纏めていくのかだ。
どう転んでも損は無い。そう判断したのか、遠坂さんは提案を受け入れた。
「じゃあまずは、そうね……キャスターのマスターって、貴女?」
「違うよ」
試すかのように投げかけられた質問に否と返した私に、遠坂さんは少し意外そうな顔をする。
「マスターが貴女じゃないとすると、消去法で衛宮くんしか残らないけど?」
「うん、正解」
あっさりとばらした私に、驚いた士郎がいいのか? と問うようにメディを窺う。
メディは微かに眉を顰めていたが、特に咎める様子は無い。
あるいは、一度認めてしまったのなら、態々口を出して訂正するのは無意味と考えただけかもしれないけど。
しかし、これで遠坂さんの興味を引けたのは確か。
値踏みするような視線で士郎を観察していることからもそれが読み取れる。
「どうせ訊かれるだろうから先に言っておくと、アーチャーのマスターはメディだから」
あ、遠坂さんが固まった。
ランサーも驚いてたし、セイバーさんも目を見開いているところから考えるに、サーヴァントがマスターを兼ねるって実は非常にマズいのかもしれない。
そんな事を思っていると、ギギギとでも音がしそうな動作で遠坂さんの首がメディのいる方へと回る。
「事実よ。ほら、令呪もちゃんとあるでしょう?」
私の言葉を肯定して、メディは令呪を見せつけるように遠坂さんに示す。
しばらくまじまじとそれを見ていた遠坂さんだったけど、本物だと判断すると不機嫌そうな顔でメディを睨みつけた。
「まさかそんな裏技を使ってくるなんて……」
「使わなくて済むならそれに越したことは無かったけれど、そうも言っていられない事態になってしまったんですもの」
「ランサーの襲撃ね?」
確認するように訊ねる遠坂さんに、メディは頷く。
「高町さんの服を見れば相当危険な状況だったのは理解できるわ。
サーヴァントを召喚するまでの間、彼女がランサーの足止めをしていたってところかしら?」
「いいえ、逆よ。
美由希がランサーに追い詰められていたから、サーヴァントを召喚するという手を選んだまで。
触媒無しの召喚で成功するかどうか、誰が召喚に応じてくれるかは賭けの要素が強かったけれど、呼び出されたのはマイナーを通り越して誰も知らないような英霊。
つい先程真名を聞くまでアーチャーの正体を知らなかったし、知ったところで伝承なんて見つからないでしょうね」
メディの言葉に嘘は無い。無いけれど、その中には断片的な真実を与えることによる意図的な誘導を含んでいる。
アーチャーの真名は調べるだけ無駄だ、と。
そう、私達が隠し通さなくちゃ情報の中で優先順位の上位に位置するのはアーチャーの真名。
――――――英霊エミヤ。
自分殺しを願う、私や恭ちゃんと出会わなかった未来の衛宮士郎。
髪の色、肌の色、瞳の色。その外見は今の士郎と同一人物とは思えないくらい変化していて、どういう経験を積めばそうなるのか想像もできない。
過去の清算だと、彼は言った。
正義の味方になりたいと答えた士郎は、あまりに衛宮士郎らしい、とも。
彼が言う衛宮士郎らしいとは、つまるところアーチャー自身の過去のこと。
切嗣さんが夢見た、誰も切り捨てること無く全てを救うという在り方への憧憬。
だけど、正義の味方が正義の味方足りうるのは悪として定義される何かを排除するからこそ。
言い換えるならば、多数の人間から悪と断じられた者は救えない。
何故なら、彼らを切り捨てなければより大勢の人が犠牲になると簡単に推測できるから。
彼らを救ってしまえば、それはもう『正義』の味方じゃなくなってしまうから。
だからこそ切嗣さんは叶うはずの無い夢物語だと、その在り方は正義の味方として致命的なまでの矛盾を抱え込んでいると自覚しながらも願ってしまった。
多分だけどアーチャーは切嗣さんの遺した理想に縛られて、只管にそんな矛盾した正義の味方を目指して最期まで走り続けたんだと思う。
「無名の英霊があのランサーを撤退に追いやったっていうの?」
少し悩んでから訊ねた遠坂さんの質問に、とりあえずアーチャーに対する考察を保留にして返答する。
「向こうから停戦を求めてきて、私達はそれに応じただけだよ。
おそらくランサーのマスターからの命令じゃないかな」
「そう。じゃあ次の質問。
貴女は何者なのかしら?
サーヴァントの足止めなんて、普通人間に出来る事じゃないわ。
ましてやそれが最速と称されるランサーの英霊なら尚更ね」
「私が何者か……か」
御神静馬と不破美沙斗の娘。御神流正統継承者。高町家の長女。並行世界の迷子。恭ちゃんの妻。衛宮家の居候。士郎の義姉。答えとしてぱっと思いつくのはこのくらいだけど……。
少なくとも四番目の答えは駄目だ。魔術師にとって並行世界から跳ばされた人間など格好の実験対象、バレればこの家ごと狙われかねない。
となると、彼女の求める答えとして妥当なのは二番目かな。
「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術。通称御神流と呼ばれる剣術の、今のところ唯一の正当継承者だよ」
「御神流? 聞いたことがないわね。
サーヴァント相手に時間稼ぎが出来るほどの実力者のいる剣術なら、ちょっとくらいは耳に届くと思うんだけど?」
「知らなくて当然。今この世界にいる御神の剣士は、私と恭ちゃん、あと士郎しかいないはずだから」
この世界にいる八年間、普段の仕事の時は御神の名を隠して過ごしてきた。
だから仕事の得意先の十数人と、恭ちゃんと士郎が旅先で作った知人くらいしかこの名は知らないはずなのだ。
「恭ちゃんって誰よ?
それに立派な流派の名を冠している割に担い手が三人しかいないってどういうことなのかしら?」
「恭ちゃんっていうのは私の従兄妹の高町恭也のこと。私と士郎の剣の師匠で、今は海外で仕事中の私の夫だよ」
「貴女、結婚してたんだ」
「意外?」
「ええ、まあね。
それよりもう一つの質問については?」
「急かさなくてもちゃんと答えるよ。
担い手が少ないのは、私が幼い頃に御神宗家が爆弾テロにあって全滅に近い被害を受けたから。
私と恭ちゃん、それにとーさんと母さんは偶々その場にいなかったから生き残れただけで、あの時に御神の血統は途絶えていてもおかしくなかった」
そう。如何に『神速』を使えようと、爆弾相手では逃げきれるわけが無い。
偶然私は高熱を出して病院に向かっていたから助かった。他の人達より、ほんの少しだけ運が良かった。
言ってしまえばそれだけのこと。
もし母さんが病院に向かわなかったら、私も母さんも被害者の一人となっていただろう。
とーさんが路銀を使いはたしていなかったら、恭ちゃんもとーさんも巻き込まれていただろう。
かーさんやとーさんと家族になれたことも、恭ちゃんから剣を学べたことも、母さんと仲直りできたのも、恭ちゃんと一緒になれたのも。
母さんに捨てられたのも、とーさんが死んだのも、復讐に取り憑かれた母さんを止められたのも、幾度理不尽だと言って泣いて叫んだことも。
そのどれもが、死んでしまっていたら経験できなかったことばかり。
「その御神って一族には狙われる理由でもあったの?」
この日本でテロなど予想していなかったんだろう、気まずげな表情を浮かべながら訊ねる遠坂さんの声は動揺を隠しきれず震えていた。
士郎の命を助けてくれたことといい今といい、彼女は魔術師としては優秀なのだろうけど、人間らしい甘さを捨てきれていないみたい。
その甘さのお陰で士郎は生きているのだから、その点は感謝しているし、この問答はその礼を兼ねてのつもりでもある。
ふと周りを見れば、アーチャーは嫌なことを聞いたというように顔を顰め、セイバーさんは眉間に僅かに皺を寄せ、昔話したことのある士郎は不快そうに、こういう話はテレビの向こう側の世界だと思っていた美綴さんは驚愕に眼を見開いて。
メディだけが表情を変えず、私の話を聞いていた。
「理由はあるよ。
御神の大半の人間は護衛を生業にしていたから、色んな場所で恨みを買ってたんだと思う」
「護衛を生業にするというからには一般人以上に強いのは納得できるけれど、具体的にどの程度の強さなのかしら?」
自分を律せるのは流石というべきか。
この一問答の間に遠坂さんは平静を取り戻して、声からも表情からも先の動揺は消えていた。
「それは私がってこと? それとも御神の剣士の標準ってこと?」
「どちらも答えて頂戴」
「そうだね……私自身の実力については、ランサー以下くらいしか答えられないかな。
御神の剣士の標準というのなら、奥義之歩法に辿りついてるかどうかで随分と変わる。
奥義之歩法を自在に使えるようになっている御神の剣士は、室内戦という環境なら銃で武装した兵士百人にだって勝てるよ」
「……法螺、吹いてるわけじゃないわよね?」
そう言いたくなる気持ちは理解できる。
銃と剣の圧倒的な間合いの差は、武術を修めたくらいや有利な戦場を選択した程度で埋められるほど簡単なものじゃない。
初めから距離が離れていないのならともかく、剣の間合いの外で射撃を受けては一対一でさえ勝利するには相応の実力が必要となってくる。
それが一対百なんて、『神速』の特性を知らなければ性質の悪い冗談にしか聞こえないだろう。
「事実だよ」
「そんな桁外れの戦闘能力があるなら、恐れて消そうとする人間が現れるのも納得できるわ」
嘆息しながらそう言った遠坂さんは、ふと名案を思い付いたというように表情を笑みに変える。
そしてセイバーさんとおそらく念話を交わして。
「そこまで言える貴女の実力、是非とも見せてもらいたいわね。
ねえ、今からセイバーと模擬戦してみせてくれない?」
そう、彼女は提案してきた。